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花ある日々

Author:花ある日々
ブログへようこそ!

「楽しく、肩の力を抜いて気らくに、子育ても旅も人生も!」をコンセプトに綴っています。片言英語での個人旅行です。出会い、失敗は旅や人生の醍醐味!

2019年2月 中国桂林へ従兄夫婦と4人旅。
2018年秋 世界ゴールド・ノゾエ氏演出『病は気から』さいたま芸術劇場に出演
2018年6月 アメリカ西海岸をレンタカーでまわる。
2018年2月 ノゾエ氏演出ワークショップ『病は気から』(モリエール)芝居に出演。
2017年11月 息子夫婦とクロアチア・モンテネグロ・ハンガリーへ
2016年12月 故蜷川幸雄企画「1万人のゴールド・シアター2016」に出演。
2016年9月 夫婦でニューヨークへ。
2016年2月 従兄弟夫婦と4人で台湾地方旅。
2016年1月 夫、息子と私の3人でコペンハーゲン、スウェーデン、アイスランドへ。
2015年9月 夫と車で北海道ユースホステル利用の安旅。
2015年8月 友達と韓国ソウル、安東、水原へ
2015年5月 従兄弟夫婦と4人でベトナムへ。
2014年11月 女友達4人でメルボルンへ。
2014年10月 従兄夫婦と4人でトルコへ。
2014年2月 韓国南部の田舎街へ夫と2人旅。
2013年10月 1か月ヨーロッパを夫との2人旅。
2013年1月~2月オーストラリア・ニュージーランドを35日間の旅。自炊中心の安旅行。
2012年4月〜5月 韓国・上海。

夫:慎重派、倹約家、現実的、カメラ好き 走ることや木工細工が趣味。

私:好奇心旺盛、向こう見ず、楽天家、おっちょこちょい、食べること大好き!

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自分を犠牲にしても子育て
ベネッセ教育研究開発センターは色々アンケート調査をしている。
http://benesse.jp/berd/center/open/report/kosodate/2008_youji/hon/index.html

そのうちの2つを見てみよう。
まず1997年から5年毎に行っている子育て生活調査。
対象は基本的に首都圏に住む幼稚園児の保護者。

この調査によると「子どものためには自分が犠牲になるのは仕方がない」と考えている人が、1997年は24.2%だけど、2008年は41.8%と大幅に増加していた。

子どもを車の中に置いたままパチンコして熱中症で死なせたとか、餓死させるまでほったらかしで遊び歩いたとかという悲惨なニュースを目にするけれど、ほとんどのママたちは自分を犠牲にしても子どものためにと考え育児をしている。そういうママたちが大幅に増えているってことだ。

もう一つデータを見てみよう。
2006年11月に行われた妊娠期から2歳までの子を持つ親対象の調査。

ママたちが「イライラ」を感じるのはどんな時かというと……。
第1位 夜泣きがひどいとき 60.5%
第2位 子どもに文句や不平を言われたり、ダダをこねられたとき 56%
第3位 住居が狭く子育てをしづらく感じるとき 55.3%

追記:自分の時間が持てないというのは、第4位で55.2%

やっぱり「夜泣き」と「ダダこね」かぁ~ でもこれだって、昔からあるものでは?

と思うけれど、どうも 質? 度合い? ともかく何か違うようだ。
まずは「夜泣き」から考えてみようかな?!

紫陽花 2

今朝の写真は大きすぎたので、サイズを落とし入れ替えました。
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少産時代育ちだから?
昨日の続き……
1980年頃に比べて、20年後のママたちが子育てイライラするのは、核家族のせいやママたち自身が少産少子化時代に育ったからだという人がいる。(厚生労働書の白書にそうまとめてあった!)

本当にそうだろうか?

1980年の出産率(正確には合計特殊出生率)は1.75で、2000年は1.36だ。
因みに2011年は1.39。ちょっと持ち直しているけど、少子化はなかなか解消されそうにないね。初産の平均年齢はついに30.1歳にもなったそうだもの。(厚生労働省2012年6月発表)

話を戻すと、1980年に出産したママ達の年齢を仮に25歳とし、1955年の出産率を見ると2.37。この値は2人きょうだいの家がほとんどってこと。これじゃぁ多産時代に育ったママとは言えないよね? 兄弟姉妹が5人も6人もいた時代と比べるなら分かるけど。1980年頃のママも2000年頃のママも同じ「少産少子化時代育ち」のはず!

なら「核家族」に原因があるのかな?

でも「核家族化」という言葉が流行ったのは1963年のこと。1980年頃はバブル期で、パパは朝早くから夜遅くまで働き、育児援助なんて考えられなかったはず。むしろ男女共同参画事業や男性の育児休暇、「イクメン」という言葉が取り上げられるようになり、育児が楽になっているんじゃないかなぁ。

じゃぁ、何でイライラするんだろう
その前にママたちの気持ちを見てみよう

__.jpg
庭で見つけた「忘れな草」
イライラするママが増えている
子育てイライラ、虐待 という言葉を時々見かける。
「虐待」に走ることはないけど、子育てしてれば、いらつくことは誰にでもある。
ただ昔と比べて3倍も増えていると聞くと、ビックリでは

ちょっと古いけど、大阪府で1歳半検診の時に全母親対象に行った調査結果がある。
それによると1981年調査では「子どもといるとイライラすることが多い」と答えた母親は10.8%なのに、2000年には30.1%にも増えている。(平成15年版白書「子どもをとりまく現状・課題」厚生労働省)

1980年頃ってどんな時代なんだろう? ちょっと調べてみた。
紙オムツが出始めたのが、まさにこの頃。我が家でも布オムツと紙オムツを使い分けたものだ。外出時や夜間だけの使用が、コストダウンとともに布オムツと取ってかわるようになる。

電子レンジや全自動洗濯機が日本の各家庭に普及し出したのは、1980年代後半。
全自動洗濯機を使い始めた同僚(男性)が、「画期的だぁ!」と大騒ぎしていたことを思い出す。(確か、料理は奥さん、洗濯・掃除は彼の分担と言っていた)

家事労働は20年間で格段に楽になったのに、なぜママのイライラが3倍も増えたのだろう?

あれこれ調べてみると、えぇ~と驚く育児の指導があった。

たんぽぽ?

タンポポに似ていませんか? 済州島で見つけた花ですが、やっぱり名前が分かりません。
最近の失敗
この間も、息子や娘に叱られた。
仕事を辞めて暇になったせいか、最近、心配しすぎる!と。

例えばこんなこと。

先週、23時半頃人身事故があり、電車が止まった。
東京で友だちと飲んでいるはずの息子に、今どこにいるのか?とメールを送ったら、池袋駅だけれど、心配せず先に寝ててと返信がきた。

そうか! わかった! と寝ればいいのだけど、11時半に事故発生じゃ帰宅するのは2時頃になるに違いない。明日も仕事なのにと、案じてしまう。

そこでJRの線に乗れば、近くの駅まで迎えに行くとメール。
しかし返信は
「いやー、ほんとに気にしなくていいから」

このメールを送っている息子の気持ちが読めてしまう。

飲んで帰ってくるのだから、寝過ごして電車から降り損ない、トボトボ数時間歩いて帰るのも致し方なしというのが、我が家の方針。それと同じに考えれば今回も放っておけばよいものを……。つい我慢できずに送信してしまった。

共働きだったときは、時間が無いことも大きかったけれど、彼らが言うには適度な距離が保てていたらしい。
あぁ~ 我慢! 我慢!

花

これは烏鎮で見かけた花。やはり名前が分かりません。誰か教えてくださ~い!と書いたら、ブログを見た友達が教えてくれました。 《トキワマンサク》 だそうです。そう言われてみれば、花弁はマンサクですねぇ~。ありがとうございました 

今も我慢!
我が子が苦労するのを分かっていて、見守るだけって「言うは易し行うは難し」だ。だから念仏のように、我慢!我慢!と、今でも唱えている

いつだったか友達数人で雑談している時、こんな話を聞いた。

結婚した娘さんが妊娠し、ひどいつわりで食事どころか水分も吐いてしまう。痩せ細り入院一歩手前と言われたとか。そこで「それはさぞかし心配でしょ? 実家に呼び戻して面倒をみてるの?」と聞くと、キッパリ彼女はこう言った。

「いや、これは彼女たち夫婦で乗り越えなきゃいけないことだから・・・。病院にもかかっているし、婿も娘を支えてくれているし、二人からsosが来たら手を差し伸べるけど、それまでは見守るわ。とっても心配だけどね。」と。

子育ては、「優しい良い母親と言われたい欲」との闘いとも言える



実家の草抜きに行った時に見つけた紅葉の苗です。家を解体し、植木を全て撤去しブルトーザで均した荒地で、こんな小さな手の平を広げていました。雨だけで命をつないで。
我慢
旅の話、特に失敗話は他にも色々ありますが、ひとまず旅から離れ、しばらく子育てについて書いてみようかと思います。
ご意見やこんなコツもあるよ!というアドヴァイスもぜひお寄せくださいネ!


旅行を終えて、はや1ヶ月半が過ぎようとしている。
あれこれ振り返ってみると、やっぱり失敗したことや困ったことの方が記憶に残っている。
つまりそれだけ悩み、考え、工夫したってことかも。 

「人生は旅」だとか、「人格の形成には経験が大事」とかよく言われる。
月並みだけど、子育てのコツもそこにあるように思う。

つい、愛する我が子が喜ぶ、感動する、そんな経験を与えることに頭が回っちゃうけれど、大事なのは、
子どもが失敗するチャンスや困り悩む経験を奪わないこと!

子どもが失敗するのを分かっていて、手も口も出さず見守るだけって、親にとってはすご~くしんどいことよね?それでも我慢!我慢!  

DSCN2678 綿のような花 
綿のような花。ネットで調べたのですが、「シロバナブラシノキ」でも「スモークツリー」でもないし……。何て名前でしょう? この花がフワァフワァと風に吹かれ、蘇州の街を白いベールで包み込んでいる様は、とても幻想的でした。
海印寺でもご飯 その3
食後、92歳のお坊様が直々に境内を案内してくださった。

階段はどれも傾斜がきつい。数段上がるだけでふぅふぅ言う。ところがお坊様は、「はあぁ~ハッ、ハッ、ハッ」と腹式で声を時折出しながら、ヒョイヒョイと一段飛ばしで登って行く。後ろからその様子を見ると、本当にそんな高齢なの?と疑ってしまうが、拝顔すると、然もあらんと納得。

僧侶が集うという大食堂も見学させてもらった。近代的な建物だ。夕食の仕込みが既に始まっており、お坊さんたちが野菜を刻んだり大鍋をコンロにかけたりと忙しそうだ。



写真の左側壁の棚に、全員の器と箸が置いてあり一人ひとり布巾が掛けられている。一汁一菜なのだろう、器の数は少ない。椅子の数を数えると200以上ある。大きな寺だけに抱える僧侶の数も半端じゃない。

器が置いてある場所から推測して、この寺で3番目くらいの高僧らしい。
だからか、境内で出会う僧侶たちが深々と頭を下げる。

警備員が2人で見張っている撮影禁止の場所も、お坊様の一言で許可が出た。これがその世界文化遺産「八萬大蔵経」の版木。



東日本大震災の復興を願い、横断幕がかけられていた。感謝

海印寺でもご飯 その2
僧坊は、入口の反対側に掃き出しの窓があるだけの狭さ。三~四畳程か?
オンドルが効いて暖かい。小さなテレビとタンス、そして大量の本で片壁が埋まっている。

部屋


お坊様は、缶ジュースや豆がいっぱい入った餅を振舞いもてなしてくれた。
日本の統治下にあった時代を知っているので、日本語が多少できる。

今日は大邱の街の病院へ行って来たのだとか、有名な寺なので土日ともなると、日本人がバスを連ねてわんさか来るとか、また地震(3.11)があったが、大丈夫か?などお互いが理解できる単語を探して、そんな話を聞く。

そうこうしていると、ハルモニが食事の準備ができたと呼びにきた。導かれるままに入った隣は、ハルモニの部屋だった。小難しい本が天井まで埋め尽くしている。お坊様の部屋に収まり切らない本だという。

本の隙間に、電気釜や電気コンロが無造作に置かれている。部屋の中に水道やシンクはない。ハルモニの話では、大食堂で作られた料理を温めたり、簡単な料理を作るくらいだそうだ。高齢のお坊様のお世話をしているのだろう。

インスタントラーメン、白飯、黒豆、インゲンの和物、漬物。これがどれも美味しく、心まで温まった。



明日に続く。
海印寺でもご飯
昨年の4月、友達と2人で韓国を旅した時もお坊様にお世話になりました。有難や!有難や!以下はその時の話です。


大邱の街外れにあるターミナルから海印寺行きのバスに乗り込む。世界文化遺産の「八萬大蔵経」で有名な寺だ。

私たちの右斜め前、最前列で帽子を被ったご高齢のお坊様が、大きな玉の数珠を繰りながらブツブツ念仏を唱えている。時折大きな声で「はあぁ~ハッ、ハッ、ハッ」と腹式呼吸で御発声も・・・

約1時間半かかり、ようやく海印寺へ着く頃、「日本人ですか?」とお坊様が声をかけてくれた。しかも降りたら一緒にくるようにとのお言葉。

ほとんどの乗客が「海印寺入口」のバス停で降りるので続こうとしたら、「ここではない」と私たちを止める。

終点でバスを降りお坊様に付いて行くと、土産物屋の駐車場にお坊様の黒塗りの車が。どうも私たちも乗せていただけるらしい。

ところが92歳のお坊様の運転はメチャ荒い。クネクネとした狭い山路を、先ほど一緒にバスで来た人たちが歩いて登っているというのに、ドケドケとばかりにハンドルを軽快に切りガンガン飛ばす。

年齢にそぐわないハンドル捌きに、つい身体を支える手に力が入ってしまう。下は谷だ。すれ違うのも厳しい。そんなにアクセル踏まなくてもと、肩を叩きたくなる。

お寺に着くと、部屋へという。えぇ僧坊にお邪魔出来るの?
各部屋の入り口には簾が掛かっており、下足を脱ぐタタキがある。こんなチャンスは滅多にないと、口では遠慮しつつも足は部屋に向かう。



バスから一緒だったハルモニが、「昼食を一緒に食べよう」と私たちにささやいた。えっ 御飯


お坊様に 続編
お坊様は、日本人の心は「浄」だという。私が、韓国の人たちも優しい。旅行中に親切にしてもらったと伝えると、「いや、日本人の心の方がきれいだ」と断言する。行脚して歩いているとき、日本人に色々と親切にしてもらい、ご飯も食べさせてもらったそうだ。だから、船を降りたらお昼を一緒に食べようという。断ってもおごると言って聞かない。

あまりに私たちが遠慮するものだから、お坊様はソウルに住んでいる日本人の女性に電話し、私に携帯電話を渡す。電話の主のまゆみさんという女性は、「安心して奢ってもらってください。良い出逢いでしたね」と、『円空さん、また日本人に奢ってるんですね? 』とでも言いたげな口調で明るく言う。


埠頭近くの食堂で、私たちのために豆腐チゲまで注文し、食べろ!食べろ!と勧める。お坊様自身は精進の身だからと、野菜とご飯しか食べない。豆腐は野菜だからと勧めても、出汁に魚を使っているためか、手もつけない。



こんなにご馳走になった上、何と別れ際、夫のポケットに5万ウォンを押し込んで、使えと言うではないか。えぇ~、子どもにお小遣いじゃないんだから。まして寄進することはあっても、お坊様からもらうわけにはいかないでしょ! と、言いたいけど、言葉が出てこない

しかも47年前の新潟地震の時、150万を集めて寄付しに日本へ来たとも聞いた

心が「淨」の日本人の端くれとしては、「どうも」だけでは済まされない。ソウルにたどり着く8月頃、何か日本の美味しい物でもお贈りするつもり

実は去年の春も、韓国でお坊様にお世話になっている。あの時もひょんな出逢いからだった。
お坊さまに
済州島を出て4時間、あと30分で木浦港に着くかという頃だった。隣にいたおじさんの1人が、私たちに「ソウルから来たのか」と声をかけてきた。

日本からだと伝えると、片言の日本語と韓国語のチャンポンで、2002年から北海道から九州まで、歩きと船だけで旅して来たと言うではないか。

おじさんの口から次々と日本の地名が出てくる。新聞の余白に漢字で地名を書いてくれるので、分かりやすい。日本人の私たちでさえ行ったことのない都市や岬の名前を地図で辿ると、確かに日本一周だ。

このおじさんは、ソウル市禅覚院の円空というお坊様で、年齢は68歳。なんと34年間、毎年全国を行脚しているそうだ。そんなに寺を空けて大丈夫なのか聞いてみると、寺には仏像がなく、心像なのだという。

「歩きと船だけ」で旅していると言われてもピンとこなかったが、これから3ヶ月かけてソウルへ戻ると聞くと、本物だ。木浦からソウルまで高速鉄道のKTXででも、約3時間はかかる。日本だと東京から大阪間だ。それを歩くというのだ。3ヶ月は優にかかるに違いない。

続きはまた明日。
珪藻土の効果
今日は蒸し暑かった。

戸外で測ってみると、13時頃71%の湿度だった。
ところが室内は63%。室温も25.3度。

一日中窓を開けることなく、もちろんクーラーも扇風機も使わず。

凄い! 珪藻土。

東菜温泉
ふぐ刺しを食べ損ねたあと、東菜温泉へ出掛けた。韓国でも屈指の温泉だと聞いている。

地下鉄1号線の「温泉場駅」を降り、どの辺りが温泉場なのか聞こうと思いインフォメーションを探すが、見当たらない。

そこで駅員に尋ねると、日本語を勉強中という駅員が案内してくれるという。ドラえもんの、のび太君に似た好青年。「えぇっ?と、日本語でおん•おん••温泉、ですね? ゆ••ゆう••ゆう••あっゆう、有名な」と、日本語の単語を思い出しては言葉をつなぐ。

来年日本に留学するそうだ。韓国では、職に就いてから留学するということが奨励されているのだろうか。2年間公費で日本に留学したという教師を複数知っている。しかし日本の小中高の教師が海外の大学に留学した話は聞いたことがない。

この近辺の並木は「松」。ちょっと違和感が

松並木


ここが案内してくれた허심청(ホシムチョン)という温泉場。

温泉


温泉浴場の他に、宴会場、美容院、スポーツジム、パン屋まである。浴場には、打たせ湯やジャクジー、水風呂、露天風呂、岩風呂、サウナなどがあり、今時のスーパー銭湯といった感じ。ただ広さが半端でない。ネットで調べると1300坪だという。湯質は無臭透明だが軟らかい。

私たちは海雲台へ行った帰りに、思い付きで寄ったので手ぶら。しかしタオルや石鹸が用意されていて、1人8000ウォン。

冷えた夜、地下鉄に乗りホテルへ戻ることを考え、髪を洗わず束ねてアップにし、湯船に浸かろうとすると、洗い場を監視しているアジュモニに、髪を洗ってから浸かるようにと注意された。すごく厳しい口調で目も釣り上がって恐い。

そう言えば、のび太君が片言の日本語で
「日本人の女性は優しい。韓国の女性は怖い!強い!」
と、何度も言ってたっけと思い出し笑いをしたら、またアジュモニに睨まれた。
怖っ

温泉までは、駅から歩いて5分くらいだったが、同僚に断るでもなく、サッと職場を離れ道案内してくれたのび太君。病院が見つからず困っていた時、即断で仕事を抜け一緒に探してくれた人(6月12日記事参照)。そうそう払い忘れたホテル代を非常識にも預けた時、笑顔で引き受けてくれた駅員のお姉さん(5月 6日記事参照)。

思い返せば心優しい韓国人の親切が身にしむ旅だった。あぁ忘れてはならないのが済州島からの帰り、船で出会ったお坊さんだそのことを書かねば
食事の失敗 韓国編
釜山に海雲台というリゾート地がある。



ここに美味しいフグ料理店があると聞き、高いと渋る夫をなだめすかし行った。
日本で食べることを思えば格段に安いそうだ。

フグ料理といえば「ふぐ刺し!」。透明な光沢ある花びらが美しく輪を描いた皿を思い浮かべ、足取りも軽い。

「刺身」は、韓国語で「包丁」の意味だと聞いたことがある。なるほど身を刺すのは包丁かぁと妙に納得する。間違っても「刺身下さい」って言っちゃぁマズイってことだ。



店に入り周りを見ると、鍋を注文している人が多い。メニュープレートの写真をあれこれ見るが、あの大輪の花がない。

夫に「フグ刺しが無いねぇ」と話しかけても、返事がない。と、メニューに「活」の字を見つけた。そう言えば韓国語では、「鮮魚」と言わず「活魚」という。「これに違いない!」自信を持って「活」の字を指し、もう一品に周りのみんなが食べている鍋(チゲ)を頼んだ。待つこと10分。副菜が所狭しと並べられた。



続いてチゲが。何故か2つも



「間違っている」と店員に文句を言うと、活きたフグを料理した鍋とそうではない鍋と言う
つい「活は刺身じゃなかったの?」と口にしてしまったら、何と店員が「刺身と言ってくれれば分かったのに」と、日本語で言うではな いか!

鍋二つも頼んだら、もう食べられない。「活魚」か否かの味の比較をしたいわけじゃないのに、黙々と食べ続けるしかない

あろうことか、夫はメニュープレートの裏にフグ刺しの写真を見たという。でも彼は黙っていた。その上彼は、私がフグじゃない刺身を食べたがっているんだと思ったからと弁解した。フグ料理店で刺身といえば「フグ刺し」に決まっている ハマチや烏賊の刺身を頼む人がどこにいる?
えぇ?点滴も?
泌尿器科専門の病院は、1階が受付で地下に検査室、2階に診察室がある大きな病院だった。

病院


旅行英語、中学生程度の韓国語しかできないけれど、まぁ何とかなるだろうと思い、先ず英語で話しかけてみた。ところが受付で英語が全く通じない。

私の韓国語レベルでは、まくしたてられるとさっぱり聞き取れない。困っている表情を見せても容赦なく韓国語が機関銃のように出てくる。わぁお手上げか?

しかし救いの神はいるもので、老医師が片言の日本語をしゃべり、優しい看護師もゆっくり分かりやすい韓国語で接してくれるではないか! 身振り手振りも含めて何とかなった。

ただ老医師が「ションベン」と言うものだから、優しくしとやかな看護師まで、ハッキリと恥ずかしげもなく「ションベン」と言う。まるで「はい、注射するから」というくらいのトーンで。

確か尿は•••뇨(ニョ)、小便だと소변(ソビョン)だったはず•••と、頭の中で韓国語を探す。•••ということは、日本語として言ってるわけ•••だよね?

周りの韓国人には分からないのだろうけど、やっぱり「ションベン、ションベン」と大きな声で言われると赤くもなる

さらに検査内容にもビックリ! 日本では、紙コップに少し採った尿を検査し、薬を出して終わりという約20分コース。ところが老医師は、尿検査以外に、血液検査と超音波検査をするという。腎臓と膀胱、癌の検査のためだとか。

えぇ膀胱炎で癌の検査まで? と、頭の中で疑問符が湧いて来る。しかしあちらは片言の日本語、私も同じ程度の韓国語。疑問に思っても突っ込めない。

結果的には、癌の疑いもなく腎臓も大丈夫で、単なる膀胱炎と判明。なのに、この後、点滴までした。

翌日は、再度点滴をし、更に膀胱を綺麗にするという、フランス製の医療機械での治療が待っていた。



写真の黒く丸い部分がお腹をトントンと軽く20分ほど叩く。(写真は老医師に内緒で撮影)
こんなので膀胱がホントに綺麗になるのかなぁ

まだ旅行が3週間残っている。そのことを伝え、検査結果のコピーをもらう。万が一また膀胱炎になったら、この結果を見せれば話が早いに違いないと考えたからだ。

しかし幸いにして杞憂に終わった。

診察代と検査代で、9万ウォン。治療代が1日5万ウォン、薬代が15000ウォン。合計20万5千ウォン。レートによるけど約15000円位かなぁ?

てっきりカードに付帯している海外旅行保険で戻ってくるはず!と思っていたら、今回の航空券は貯まったマイルの特典旅行だったのでダメだった。高い勉強代だぁ。しかし海外での病院初経験ができ、今後の長期旅行に活かせそう!
韓国でまさかの病院通い
このブログを書き始めたら、NHKBS「世界ふれあい街歩き」で懐かしい情景が。上海です。番組では、例のテイクアウト食が、何とオススメの第1位で紹介されていました。名前も分かりました「包脚布」。間に挟んでいたのは、揚げ餅だそうです。


今日の本題に戻って…

あれ? と違和感を覚えたのは、その日撮った写真を確認していた時だった。
何だか頬がふっくらしている。ちょっと太ったかな?

ところが翌日の写真の私は、前日より明らかにもっと丸い顔をしていた。食べる量が増えたわけでも食事内容が豪勢なわけでもない。まして旅に出てからの方が数倍動いている。痩せることはあっても太るはずがない。

これは‘むくみ’だ! 嫌な予感がした。

確かに旅に出る直前まで結構忙しい日々が続いていた。なのに韓国に着いてすぐ歩き回ったり山に登ったりとよく動いた。でもテンションが上がっていたせいか、疲れはほとんど感じなかったし、まだ症状も出てなかった。

病気を疑い出した翌朝から、症状が現れた。膀胱炎に違いない。数回経験しているのでピンと来た。早目に病院で薬を貰わないと、翌々日からの中国旅行が心配だ。

幸い、この日は大邱から釜山への移動以外に何も予定は入れてない。それに2連泊で予約を取ってある。しかもホテルは東横イン。日系ホテルなので日本語が使える。膀胱炎なら薬をきちんと飲めば問題ない。

受付のスタッフに調べてもらった泌尿器科のの地図を手に、ひとりで出かけた。歩いて10分くらいのはず。ところが無い。こんなことなら夫にも一緒に来てもらえば良かった。彼は「地図が読める男」なのだ。

途中で数人に聞くが分からないという返事。

その、あるはずの場所近くに、大きな内科の病院があった。受付でメモを見せると、職員が一緒に探しに出てくれたが、やはりその住所のところに病院は無かった。

メモには、他の病院の住所も書いてあった。仕方なくその住所だけを頼りに歩くことにした。しかし外国の見知らぬ土地で住所だけで分かるはずがない。そこでタクシーを捕まえたが、住所を見るなり断られた。と言うことは近くにあることは確かだ。

さらに聞きながら探し、ようやく見つかった。ホテルを出てから40分は無駄に探したことになる。

お世話になった泌尿器科病院
いやはや日本の診療とは大違いで、ビックリ。続きはまた明日
夏椿
このところ家の壁塗りで、片付けやら何やらバタバタの毎日。今朝庭でふと見上げると、夏椿が可憐な絹の花弁を開いていました。


玄関の花も生けかえて、気分転換。


台所の辺りは汚れやすいので、拭き掃除ができるクロスに。
今朝から作業が始まり、古い壁紙を剥がしたところ。


職人さんの技で早くも完成!


明日からは、旅行中のエピソードに戻り、病気編を書く予定です。
珪藻土の壁 完成!
珪藻土の塗り方にも色々あるらしい。パテをどう動かすかで模様が変わる。模様を付けないという選択もある。部屋の雰囲気を左右するだけに、決断は慎重にしなければ。

実物の壁を見るのが一番!ということで、或る家を見学させてもらうことになった。

そのお宅は、今回我が家の壁を引き受けてくれた左官屋の師匠T氏の弟さんの家だという。

お邪魔してビックリ 何と各部屋の壁が全部違う模様だった。モデルハウスというよりは実験ハウス。

しかしやはり実際の壁を見ると、イメージが付きやすい

で、我が家の壁は結局こんな模様に


天井は粗いタッチでこんな感じに


違いが分からないって? う~ん、確かにこの写真じゃそうかも

壁がおしゃれになったら、カーテンや家具、住人が色褪せて見える。
困ったもんだ
壁を珪藻土に
旅の話はまだ続きますが、ちょっと我が家のリフォームの話題を!
携帯電話で撮った画像なので、あまり大きくなりませんが、ご容赦くださいね~


我が家では、基本、冷房を使わない。去年の酷暑でも、友達が来てくれた時だけクーラーのスイッチを入れた。

健康のため、そして倹約家の夫がいるので、家を建てるとき毎月の電気代で目くじらを立てられないように、建築方法をあれこれ調べ外断熱に行き着いた。

暑い外から閉め切った家に入ると、ひんやりする。昔の蔵に入った、あの感じ。

17年も経つと、壁紙が剥がれ汚れも目立ってきた。そこで更なる快適さを求め、珪藻土にすることにした。

しかし値段が高いので、今回はリビングだけ

先ずはリビングの家具を全部撤去。17年間押し込んだままだったものも断捨離。大掃除のチャンス!

壁紙の上に塗るということで、壁紙の補修から。破れているところ
は、こんな風にホッチキスみたいな工具で留める。


というと、何だか自分たちでやっているようだけど、器用じゃないし、いい加減な性格なので、途中で投げ出すに決まってる。もちろん職人さんにお任せ。

どんなふうになるか、楽しみ!
ホテルでの失敗
先日TVで、物忘れを防止するには、「脳をドキドキさせること」だと言っていた 。確かに、旅行に出る前は、夫婦二人して、「どこにアレ置いたっけ? 」「何をしようとしてたんだっけ?」ということが非常~に多かったのだが、最近は少ない。旅を続けている間に、脳内がデトックスされたような気がする

30日も旅するということは、泊まったホテルの数だけ部屋番号があるということだ。昨日が412号室で、今日は421号室ってこともある。間違えないわけがない。

そんな失敗をよりによって、例の「元モーテル」でやってしまうなんて。

この手のホテルは、廊下が暗い。Lightも紫系のちょっと怪しい色だ。通るだけで何故かドキドキする。

インターフォンを押しても、夫がドアをなかなか開けてくれない。旅行者にすぎないのだから焦ることはないのだが、早く明るい部屋に入りたくてドアをドンドンと叩き、急かした

なんとドアが開き現れたのは、パンツ姿の見知らぬ男だった。

迷惑この上ないという怒りの表情に、心臓が「ドキドキ」を通り越しバクバクする

この失敗で、今まで以上に脳を使うようになったことは言うまでもない。
安東ホテル
安東の街にはホテルが少ないから、当日の飛び込みでは泊まれないかも?と聞き、ネットで調べたが、なかなか 見つからなかった。何とか駅に近いホテルに予約を入れたものの、ツインベッドの部屋が1つしか無いというのが、ちょっと引っかかってはいた。

安東駅のインフォメーションでホテルの場所を聞いたとき、美しい案内嬢がちょっと怪訝そうな表情をする。

行って見てその理由が分かった。モーテルだ。いや正確には、「かつてはモーテルだったけど、今は旅行客にも開放しているホテル」なのだろう。
確かにモーテルにツインベッドは不要だ。

唯一ツインベッドがある、vip roomとドアに書かれた部屋に泊まった。

さすがvipの部屋だけあって、パソコンも2台。カラオケセット、電子レンジ、トースターまである。湯槽もバカデカイ。しかもシャワールームと湯槽が別々だ。その上ジェットバスときた! ゆっくり浸かって旅の疲れを取るか!と 湯をはろうとしたら、底の栓がない。あちこち広い部屋や風呂場を探すが見つからない。フロントに聞くと、無いのだとすまなさそうに言う。

えぇ~? そんなぁと思ったが、無いものは仕方ない。文句を言って部屋の交換をしてもらいたくとも、ツインルームはここしかないのだから。

シャワーで済ませようと栓を捻ると、水しか出ない。 浴槽の蛇口から湯は出るものの、蛇口にノズルが付いているわけじゃないので、洗いにくいったらありゃしない

あれこれやっているうちに身体が冷え、湯に浸かりたくなった。仕方なく片足の踵で浴槽の栓をし、お湯を溜める。バカデカイ湯船にゆるゆると溜まる湯に苛立ち、中途半端な湯量でジャグジーのスイッチを入れたら、湯が跳ね風呂場が水浸しに!
ホテル
上海蟹の話でもお分かりのように、年金生活の庶民旅行。そうでなくとも伴侶が倹約家なので、ホテル選びも気をつかう

しかし外国は一部屋いくらで計算するので、日本を旅行するよりず~と安価。その上中国は物価も安い。

そこで中国では、英語が通じる4つ星以上のホテルを選んで泊まった。それでも素泊り一泊1人3500円位。なので、というわけではないが、中国ではエピソードがあまり無い。

しかし韓国では、片言の韓国語がわかるので、つい冒険心が疼き、色んなホテルにチャレンジしてみた。

ご期待通り、失敗もあれば、そんなホテルもあるの? ということも
上品な上海蟹 続き

これは蒸し上海蟹。1パイ180元。250元のもあったが、「どちらを?」と聞かれる前に安い方を選んでしまう庶民の哀しさ。

蟹味噌の豆腐

蟹味噌の煮込み

蟹肉の小籠包

どれも美味しさは確かに絶品だ。が、見ての通り盛り付けが上品。今までの店はどこも、一皿注文すると2人分の量がドンと盛られてきたのだが。

デザートが出た頃、2人の女性が二胡の準備を始めた。店員に何時から演奏が始まるのかと聞くと、6時半からだという。まだ30分もある。杏仁豆腐をゆっくり口に運ぶが、高級料理店の盛り付けは品良く、シャンペングラスにチョットしかない。
どれほどゆっくり食べても5分も持たない。


後ろ髪を引かれる思いで会計をすませる。 2人で385元。私たちと入れ違いに続々と客が入り始めた。皆、やはり演奏を聴きながら食事する頃合を熟知しているのだ。

上客たちの笑顔、舞台衣装に着替えスタンバイした美しい演奏家たち。雅な上海の夜が幕を開け始めた。
上品な上海蟹
ネットで見つけたオススメレストラン「成隆行 蟹王府」
口コミを読むと、人気があり待たされるというので、早々と5時頃出掛けた。

裏通りにあり、店構えに華々しさはない。気付かず通り過ぎそうになる。入ってみると、客は私たちくらいしかいない。

あれっ?と拍子抜け。列ができる超有名店じゃないの? 店を間違えた?

しかし家具や装飾は高級店の風格だ。個室がホールを囲むように設置されている。
上海蟹の店

そのホールの真ん中の席に通された。客がいないものだから、暇そうなウエイトレスが3人もそばで待機し、コップのお茶が減ればすぐ継ぎ足しにくる。

メニューを見て面喰らった。1番安いコースで1人338元。2人でコースを頼むと676元。

元と円が直接取引できるようになり、1元は12.31円(2012年6/1)。1元、つまり13円あればバスに乗ることができる。前に書いたように、3元40円で美味しいテイクアウト食が摂れ、1人30元も出せば、豪勢な食事になる。

そんな生活をしてくると、11倍の値段、2桁も違う金額にビビってしまうのが悲しい。冷静に日本円にレート計算すればいいのだが、頭の中が真っ白になっているから、『2人で数万円に違いない』と思い込んでしまった。

すっかり気後れし店を出たくなったが、お茶を何杯も飲み今さらそうもいかず…。

せめて、何度もメニューをあれこれ繰る私たちを放ったらかしにし、まだ決まらないのかと言わんばかりに、お茶を注ぎに来るのはやめて〜