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花ある日々

Author:花ある日々
ブログへようこそ!

「楽しく、肩の力を抜いて気らくに、子育ても旅も人生も!」をコンセプトに綴っています。片言英語での個人旅行です。出会い、失敗は旅や人生の醍醐味!

2019年2月 中国桂林へ従兄夫婦と4人旅。
2018年秋 世界ゴールド・ノゾエ氏演出『病は気から』さいたま芸術劇場に出演
2018年6月 アメリカ西海岸をレンタカーでまわる。
2018年2月 ノゾエ氏演出ワークショップ『病は気から』(モリエール)芝居に出演。
2017年11月 息子夫婦とクロアチア・モンテネグロ・ハンガリーへ
2016年12月 故蜷川幸雄企画「1万人のゴールド・シアター2016」に出演。
2016年9月 夫婦でニューヨークへ。
2016年2月 従兄弟夫婦と4人で台湾地方旅。
2016年1月 夫、息子と私の3人でコペンハーゲン、スウェーデン、アイスランドへ。
2015年9月 夫と車で北海道ユースホステル利用の安旅。
2015年8月 友達と韓国ソウル、安東、水原へ
2015年5月 従兄弟夫婦と4人でベトナムへ。
2014年11月 女友達4人でメルボルンへ。
2014年10月 従兄夫婦と4人でトルコへ。
2014年2月 韓国南部の田舎街へ夫と2人旅。
2013年10月 1か月ヨーロッパを夫との2人旅。
2013年1月~2月オーストラリア・ニュージーランドを35日間の旅。自炊中心の安旅行。
2012年4月〜5月 韓国・上海。

夫:慎重派、倹約家、現実的、カメラ好き 走ることや木工細工が趣味。

私:好奇心旺盛、向こう見ず、楽天家、おっちょこちょい、食べること大好き!

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エフェソス遺跡
エフェソス遺跡に北のゲートから入り南のゲートへ抜けるまで、ゆっくり歩いて2時間かかった。季節柄とても心地良い散歩だったが、夏は木陰もない石畳が長く続く道を歩くのは厳しかろう。緩やかな下りなので、北から入るのがオススメ。
エフェソス遺跡
遺跡保存区内には、神殿や教会、野外劇場、図書館、公衆浴場、商店など跡地があちこちにあり、巨大なしかも非常に文化的な古代都市だったことが窺える。
図書館 円形劇場
図書館と円形野外劇場

トイレ2 トイレ
これは公衆トイレ。当時の人たちはロングの服なので、穴の上に座れば壁は必要ない。ここで政治談義もなされたそうな。右の写真でわかるように、下は深い水路になっており、かの時代から彼らのトイレは水洗だった……。中国の田舎でも水路の上にまたがって用を足す形式のトイレをみたが、水路の深さや水の流れが緩やかすぎて、〇〇〇が山盛りだった……

夕飯をレストランで摂り、ホテルまで歩いて帰る途中、地元のおばちゃんたちが家の前に椅子を持ちだし夕涼み?をしているところに出くわした。早速、トルコ語の井戸端会議へ参入しようとする従兄。言葉など分からなくても、どこでも誰とでもすぐ友達になれる。私の中にも流れる、陽気で何にでも好奇心がわき積極的に動いてしまうDNAは、やはり父方のものだったのかと実感!

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エフェソス 電車事件 後半
30分くらい経った頃だったろうか、突然夫が
「進行方向が変わっている!」と言い放った。
確かに乗車したとき、進行方向と逆を向く席に着いたはず。なのに今は、進行先の景色が窓に流れていく。狐につままれたようだ。

「なぜ?」「どこから?」「何が起きたの?」「セルチュックへは?!」と
騒ぎだした日本人4人組に、周りのトルコ人たちが心配顔で、
「セルチュックへは行かないから、空港駅へ戻れ」と言う。
勿論トルコ語は分からないので、トルコ人の表情と身振りと「Airport」という単語で、そう解釈した。
取りあえず、次の駅で降り対策を練ることに。
時刻表だと、午前1本、午後1本くらいしか走っていない。どうしたものかと思いながらホームを下り駅員に尋ねると、英語を話せそうな若者の客を捕まえ、私たちを委ねた。
電車掲示板

若者は快く引き受け「僕も空港行に乗るので、一緒に行きましょう」とホームに上がった。すると待つほどもなく電車が滑り込んできたではないか。
「なぜ今電車が? 時刻表にはなかった時間帯のはずなのに……」という疑問を抱えたまま乗り込む。

私たちは空港へ行きたいわけではなく、セルチュックへ行きたいのだというと、若者は困った顔をした。それを見ていた数名が寄ってきて何やら相談している。

その中の1人が、電話をかけ、私に電話に出ろと携帯電話を差し出した。話者はその男性の奥さんだった。分かりやすい英語で、夫があなた方をセルチュックへ行くバス停まで送るから電車を一緒に降り、付いていくようにと言うではないか!

何という優しさ。何とありがたい申し出。
ご主人は、駅から少し離れたところにあるバス停まで案内し、何台もやってくる白いミニバスからセルチュック行きを見つけ、運転手に一言かけて私たちを乗せてくれた。
ミニバス

感謝の意を込めて握手しバスに慌てて乗ったので、住所や名前も聞くことができず、そのまま別れてしまったのが悔やまれる。

猫 きりっと

グーグルマップで確認したが、引き込み線や別の路線はない。恐らく列車というより、主にメトロとして一定の区間のみを往復しているのだろう。2か月前から運行されている1日に2~3本だけというのは、折り返し駅で車両の一部を切り離し、パムッカレまで走らせているに違いない。

つまり私たちはたまたまメトロの車両に乗ってしまったのだ。それしか考えられない。
現に空港から乗り南下していたはずの電車は、某駅で折り返し、再度空港駅を通過し、北へ向かっていた……。むろんあの時はそんなことを知る由もなかったが、降りた駅名を夫が撮影していたことで判明した。

因みにセルチュックまでの電車のチケット代は、4人で19トルコリラ。ミニバスは40トルコリラだった。
エフェソス
朝8:30のフライトでイズミルへ飛ぶ。飛行機で朝食が出ると思い込んでいたら、LCCだったことを忘れていた。安価だが、サービスは何もない。

10:05 Adnan Menderes Airportに到着。ここから古代都市エフェソス遺跡に近いセルチュックへ向かう。

トルコ旅行準備編でも書いたが、2か月前からセルチュックやパムッカレまで列車が走り始めている。空港の隣に鉄道の駅があり、あちこち工事中だ。まだガイドブックには掲載されていない新情報だが、時刻表もネットから調べプリントアウトしてきた。列車だと1時間あればセルチュックに着く。

空港内のレストランで朝食とランチを兼ねた食事をゆっくり摂り、定刻に来た列車に乗り込んだ。むろん乗るとき駅員にセルチュックへ行くかと確認してある。
電車

ヒルトンでの寝坊騒ぎもあり、ボックス席に4人で座るやほっと気が緩んだ。
が、いくつか頭の隅にひっかかっていることがあった。

・駅の掲示板にメトロと書いてあったが、メトロというには時刻表の本数が少なすぎるのでは?
・空港の次駅が、プリントアウトしてきた時刻表に出ていなかった。小さい駅は書かないのか?
・車内のドアの上に、停車駅が日本の電車と同じように掲示してあるのだが、何度見てもセルチュック(SELCUK)という駅名がない。しかし乗る直前にも、駅員にセルチュックへ行くかと確認を取ったし……。

何だか不安……
薄目の猫

カッパドキア 5 ヒルトン
ヒルトン宿泊に胸膨らませていたことは既に書いた。

ホテル入り口の回転ドアから入ると、空港のセキュリティチェックで使う、あの赤外線の四角いゲートが……。

チェックインでのパスポートチェックに随分時間がかかった。朝4時から起き、1日野外を歩き回ってきた疲れが限界にきているというのに、もっとテキパキできないものかと苛々する。

隣では昔のトルコリラを両替してくれと言う客が来て、その対応にスタッフが苦慮している。トルコでは2005年1月1日に100万トルコリラが新1トルコリラにかわった。デノミネーションだ。その客は両替できないとすげなく追い返された。

次に来た客は、ラフすぎる服装ゆえか、今日はもう部屋は満室で泊れないと断わられている。どう見ても金持ちには見えない私たちも、予約を入れてなければ泊れなかったかもしれない。

ようやくチェックインを終え、カギをもらった後、私はいつもそうしているように
Wifiのパスワードを聞いた。

さすがヒルトン。どこも格調高い装飾が施されている。ベッドの大きさ、マットレスの厚さも……と、ゆっくりと楽しみたいが、何せ疲れ切っていた。私たちは急ぎシャワーを浴び、ベッドへ倒れ込むようにして眠りについた。翌朝7時にはここを出て飛行場へ向かわないといけない。時計の針はまだ10時前だったので、睡眠は十分とれるはず。目覚ましをセットするまでもない。
ヒルトン 1

熟睡し、気持ちよくヒルトンでの朝を迎えた。
夫に時間を聞くと「6時」だという。
さぁ目覚めのコーヒーでも飲もうかと思った時だった。ドアを激しく叩く音がする。何事かと出てみると、従兄が旅支度で立っているではないか。私はまだパジャマのままだというのに。

なんと部屋の時計が1時間狂っていた。寝坊だ。
飛行機の時間がある。空港まで近いといっても、未知の土地、焦った。

化粧どころか髪もボサボサのまま、慌てて荷物を詰め込み部屋を飛び出した。
フロントでチェックアウトを申し入れると、インターネット代金を払えと言う。従兄夫婦も私たちも使っていない。そのやりとりにも時間がかかり、勿論払いはしないが嫌な気持ちだけが残った。

今回のヒルトン、1泊1部屋に支払った料金は約4500円だから、1人にすると2250円。
Agodaというホテル予約サイトで貯めたポイントを使ったので、この値段に収まったから良いようなものだが、滞在時間9時間ほどのうち意識があるのは2時間くらいかぁ。初ヒルトンは、かくして夢のように儚く終わった。

カッパドキア 4 
バルーンに乗ったあとは、ホテルに戻り朝食。10時に今度はsakuraツアーが迎えに来る。4人だけのプライベート、かつ日本語でのカッパドキア観光を依頼してあるのだ。

小柄な美人トルコ人が、それはそれは丁寧に一生懸命に説明してくれた。地下都市や洞窟教会、洞窟修道院、ギョレメ野外博物館などを回り、生演奏付の豪華なトルコ料理フルコースランチ、そして高台からワインを飲みながら日没を楽しむまですべて含めて1人60€。他にも観光ツアー会社は色々あるが、日本語でとなるととても高い。Sakuraツアーは良心的な値段と思う。海外旅行で日本語のプライベート案内を頼んだのは初なので、高いのか安いのかよく分からないが、バルーンのyamaツアーも1日観光のsakuraツアーもオススメだと断言できる。

9~10世紀に造られたという地下都市の入り口には、石の丸い大きな扉が置かれてあった。敵が侵入するのを防ぐため、外からは開けられない仕組みが施されているという。
地下都市 ドア
薄暗くて分かりづらいが、この丸い石を右へころがし通路を塞ぐ。

中はまるでモグラやアリの巣のように入り組んでいる。腰を屈めようやく通れる路もあれば、地下数十メートルまでの吹き抜けになっている通気孔や水の引き込み口、またワインを醸造し、保存する穴などあちこちに工夫が凝らされている。よくぞこんなに深い(8層)、しかも暗がりの中で数百人も生活していたものだと感心した。

kinoko.jpg キノコ型 1 きのこが壊れた岩
最後の写真は、キノコ型の傘がとれてしまった岩山

この辺りの地層は三層になっており、軟らかい層が雨風に浸食され、キノコのような形になるそうだ。つまり時が経ればキノコの傘の部分が落ちてしまう……。実際に傘のないものも、住宅として使っていた岩山が浸食で使えなくなったところも数多くあるという。

陶芸家 3世

写真は陶器芸術家のナンタラ?3世。(名前を忘れてしまった)。この人の作品は写真撮影が禁止されている。また壺を実際に地面に落としたり、その上に人を載せたりして見せ、いかに焼きがしっかりしているかをデモンストレーションする。壺の上に載る役回りに私が指名され、お礼に小皿をいただいた。その小皿の裏に3世のサインも書いてもらったのに、帰国してみると、端が欠けているではないか!

落日を愛でながらワインを飲み、そのままカイサリの街まで送ってもらった。翌朝カイサリ空港からイズミルという街に飛ぶためだ。カイサリでは初ヒルトンに宿泊。
これも今回の旅で期待していたことのひとつだった。「だった」と過去形表記なのは……。


カッパドキア 3 ホット・バルーン
ホットバルーンに乗るため早朝の4時50分に迎えが来る。もし寝坊した場合のために部屋番号をメールで連絡するよう言われていた。

むろん寝坊なんてしない。目覚ましもセットし4時に起床。

フリースやダウンを着込みホテル前で待っていると、迎えのバスが数台あちこちのホテルで客を拾っては去る。私たちも契約したyamaツアーかどうかを確認し、乗り込む。

まず事務所へ行きフライト許可が下りるのを待つ間を利用して、ビスケットやバナナ、飲み物など軽食を摂りながら、バルーンについての説明を日本語で聞く。その後、マイクロバスに乗り込み、フライト場所まで真っ暗な原野を移動した。

フライト場所に着くと、スタッフたちがバルーンの準備を始めていた。空に浮かぶバルーンが、これほど巨大だったとは。
バルーン ガス入れ

バルーン 出発


籠は5つに仕切られ、真ん中の仕切りにパイロット1人とガスボンベ。残りの4つが同じくらいの重さになるよう、私たちの体つきを見ながら分けられる。最後に欧米人らしき大きな体格のご主人と華奢な奥様が残った。人数的に?いや重さ的に別々の仕切りに入ってほしいとスタッフが頼むが、奥様は怖いからご主人と一緒じゃなきゃ嫌だとごねている。私たち4人の仕切りへ二人で、ということは、やはり日本人が一番軽いと見えたということかな?

空へ上がると、絵を描いたようにあちこちにバルーンが浮かんでいる。
バルーン いっぱい

白み始め朝日に姿を現す奇岩の数々。6000万年前からの「とき」が密かに、そして人になど気づかれぬほどの微かさで紡ぎ織りなす景観が眼下に広がる。
バルーン 空から

風がないので、バルーンは船長の思いのまま飛ぶ。カリブの海賊のような風貌の彼は、バーナーで火を焚きバルーンを上空へ浮かせたり、山肌を縫うように下げたりと楽しげに船を操る。
バルーン パイロット

1時間のフライトを終え、バルーンを地面へ着地させるのかと思いきや、籠ごとトラックの荷台に降ろすではないか。船長の腕と籠を荷台に力尽くで載せる男たちに脱帽だ。
総勢10人くらい働いていただろうか。それだけで1人125€も納得がいく値段に思えた。
バルーンの到着

フライトの最後を締めくくるのは、花を飾ったテーブルを囲みワイングラスでの乾杯。何と粋な計らい!
バルーン 乾杯
バルーンの片付け
バルーンの片付け

カッパドキア 2
昨日の夕焼けに染まる写真をクリックしてみてください! 乗馬する若者が見えるはずです。
ホテルのある山に登り、夕陽が落ちるまで、まったりと過ごしたあと、ホテルに紹介してもらった野外レストランへ。

ティスティ ケバブ
これは、素焼きの壺に肉や野菜を入れて煮込んだ料理「ティスティ・ケバブ」。壺のふたをコンコンと叩いて割り食べるため、1度限りの使い捨てだそうだ。ビーフシチューのよう、実にまろやかな味。

洞窟ホテルの部屋は広く、風呂もシャワースペースと別にジェットバスまで付いていた。部屋前のデッキには籐で編んだ椅子やテーブルが置いてあり、外のリビングでコーヒーを飲みながら雄大かつ奇怪な岩山や街が一望できる。今回の旅行で2番目に高いホテルだが、朝食付きで1泊1部屋85€。今日のレート136.56円で計算すると約11690円、1人分だと6000円弱。
カッパドキア ホテル部屋内

明日はいよいよホット・バルーンに乗る。


カッパドキア
「飛んで……」ではなく、「とんだイスタンブール」の話は最後にまわし、地方での話を続けよう。

トルコ航空の国内便で、カッパドキアへ飛んだ。

準備編でも書いたように、空港からギョレメという街までの足は、トルコ航空の関連会社が運営しているシャトルバスにネットで予約を入れ確保してある。空から見ると、そのことがいかに正解だったかを知る。空港は原野の中にあり、その関係施設以外は何もなかったからだ。運転手にホテルの名前を告げると、門まで送ってくれる。

カッパドキア空港

カッパドキア ホテル 縮
泊った洞窟ホテル。
6000万年前に隆起したタウロス山脈。何度も噴火し堆積した火山灰によって形成された擬灰岩層。それを雨や風、雪が削り、これらの奇岩を造形した。いや、2014年の今この瞬間も刻々と変化し続けている。
カッパドキア 馬

エディルネ 5
私たちが日本人と分かるや握手や写真撮影を求められることが数回あった。他の国では見られない現象だ。恐らくエルトゥールル船に由来するのだろう。簡単に説明しておこう。

遡ること1890年9月16日、台風による強風を受け、オスマン帝国のエルトゥールル船が紀伊大島の暗礁に激突し沈没し、587名もの死亡者や行方不明者が出た。村民総出で救助にあたり、また寄付を募り政府も国をあげて援助し生存者をトルコへ帰還させた。

約95年後の1985年、イラン・イラク戦争で、イラクのサダム・フセインは、イラン上空の航空機に対し、無差別攻撃を宣言した。そこでイランの国際空港で待機していた邦人脱出のために、エルトゥールル船の恩義に報いるとして、トルコ航空を用意し自国のトルコ人より日本人を優先し帰国させてくれた話は知る人も多かろう。

エディルネ翌朝の話……。
ホテルのスタッフがバス乗り場まで案内してくれた、エディルネ市内からオトガル(バスターミナル)までのマイクロバスがセルヴィスだった。無料だけあって、フロントガラスは割れているし、座席もボロボロ。
エディルネ バス セルヴィス

エディルネ バス フロントガラス


このセルヴィスでエディルネ唯一、日本人個人観光客にあった。彼から、今トルコは犠牲祭中なので、日本の盆正月のように人出が多いと聞いた。

なお、往路と復路で値段が違ったイスタンブールまでのバスは、片側1列と2列の3列で、天井や内壁に竹を使ったおしゃれな装飾が施されていた。

エディルネ 4 ハマム後半
従姉が垢すりをしている横で手持無沙汰にしていると、先客だったトルコ人の美女が、突然踊り始めた。


BGMで流れるトルコの音楽に合わせて腰を振り、手をくねらせ……そうこれは正しくベリーダンスだ。美しい女体が揺れ、腰が左右にクィクィとリズミカルに動く。惚れ惚れと鑑賞していると、手招きするではないか! 一緒に踊ろうと誘っているのだ。

もちろんこれはチャンスでしょ! 
旅を楽しむ機会は逃してはならない。

運動神経が鈍い私の踊りは、鑑賞に堪えられるものではなかったはず。でもここはハマムの中。観て、いや見ているのは踊っているトルコ人の美女と従姉と垢すりのおばちゃんの3人だけ。

見よう見まねで腰を動かし、腕を横に伸ばし、手をひねると、垢すりのおばちゃんも美女も大喜び。奥からタンバリンまで持ち込みにぎやかな演舞会となった。

繰り返すが、ここはハマム、つまり公衆浴場の中。
えぇ?真っ裸かで踊ったのかって? ハマムでは下着を付けて入るのがマナーなのよねぇ。

猫 2あくび

エディルネ 3 ハマム
ハマムとはトルコ風呂のこと。


日本の銭湯みたいなものだが、イスタンブールだと、観光客目当てに作られたところも多いと聞く。
そこで、いわゆる団体ツアーコースに入ることがほとんどない、地方の街エディルネで体験することにした。

日本だと、「じゃぁ30分後くらいにネ?」と言いつつ、男女は並んで暖簾をくぐるが、ハマムの場合は西側と東側というように、真逆からドアを押し中へ入る。

中には、椅子やテーブルを置いた待合室の周りに個室がいくつかあった。
その中で服を脱ぎ、バスタオルを身体に巻きつけ、カギをかけて浴室へ向かう。
ビニールのスリッパを履いて。

浴室はムッとするほどの高温多湿。
中に大きな大理石の台があり、1人その上で寝ころんでいた。
私たちがアジア人の観光客と分かるや、ここへきて一緒に寝ころべと身振り手振りで教えてくれる。
顔もボディも美しいトルコ人だ。

垢すり体験は、韓国で3度ある。
身体がふやけるまでしばらく寝っ転がっていればいいのかと、言われるままに台に登ると、
まぁその台の熱いこと!
従姉と
「彼女は客なのか? それとも垢すりのお姉さんなのか?」
「低温やけどにならないのかなぁ?」
「どのくらいこのままの状態でいるのだろう?」と
ひそひそ話をする。

大きな声で喋っても誰も日本語を理解できないのに、なぜか小声で話す私たち。

と、おもむろに年配のおばさんがニコニコしながら出てきた。

セリミアジャーニー 夜のモスク内
夜のセリミアジャーニーの中

セリミアジャーニ 夜 縮



エディルネ 2
イスタンブールからバスでエディルネのオトガル(バスターミナル)まで約2時間半。
1人30トルコリラ。約1500円。

念のため翌朝の帰りのバスチケットを買うと、35トルコリラだという。
うん???何故同じ距離なのに、値段が5トルコリラ高いの?と聞いても、相手はニコニコ笑うだけ。
そういえばチェコでも同じようなことがあった。行きと帰りで値段が違うという……。
あの時は、バスの新旧の差やコーヒーが出たりという待遇の違いで納得できた。
さて、今回はどうなのか明日の朝のお楽しみだなぁと期待しつつ建物を出る。

オトガル(バスターミナル)から街中まで、セルヴィスという無料のバスがあると確かサイトで見たはずだが、見当たらない。
仕方なく1人2リラのバスで街へ向かう。

街の中心に「セリミエ・ジャミィ」はあった。
オスマン帝国時代の大建築家スィナンが自作の中での最高傑作だと称したモスクだ。
80歳を過ぎていたスィナンが、イスタンブールのアヤソフィアを超えるモスクをと手がけたそうだ。
2011年にユネスコ世界遺産に登録されている。
セリミアジャーニー 全体 縮

セリミアジャーニー 縮 天井
天井

セリミアジャーニー 縮 門
裏門を出たところに、今夜のホテルがあった。歴史を感じさせる趣深い装飾。
エディルネ ホテル



トルコ エディルネ 1 
トラムとメトロを乗り継ぎ、イスタンブール郊外にあるエセレルオトガル(バスステーション)へ行く。
メトロの駅前広場を囲むように様々なバス会社が軒を連ねている。

旅行者のブログをいくつか読むと、Metro Turizumがオススメとあった。
そこで青字で大きく書かれた看板目当てに、その店に飛び込み、エディルネまでのチケットを申し込む。
すると「今か?」と聞かれた。
そりゃぁ、その方がいいに決まっている。なんて私たちはラッキーなのだろう!待たずに出発できるとは。
5分後に発車と聞き、店の外に出て、バス乗り場の番号を探すが見当たらない。

近くの人に乗り場を聞くと、駅の向こう側だというではないか。
焦った。何せ「今、発車」なのだから。もう5分を切っているはず。
小走りで駅の向こう側へまわって唖然とした。
そこには、さっき見た、つまりチケットを買った広場と同じ光景が広がっているではないか。

オトガルバスステーション 縮
やはりバスらしきものは見当たらない。
目を凝らし見渡すと、Metro Turizum会社も含め、ずら…と並んでいる看板と看板の間に、乗り場の番号が書いてあった。そしてその番号が書かれた奥、つまり写真の建物の後ろにバスはスタンバイしていた。
ぎりぎりセーフ!



飛んでイスタンブール 10
これはテオドシウスの城壁。
413年に、ビザンティン皇帝テオドシウス2世が築いたもの。二重の壁になっていて、高さ8メートル~13メートルある。
テオドシウスの城壁 トプカプ門 縮

「トラムで1~2駅分だけど、風が爽やかだし城壁に沿って歩かないか?」と、従兄が提案した。
私の口をついて出た言葉は
「いいねぇ~!歩こう!」

それを聞いた夫が、
「俺との2人旅なら、えぇ~? 歩きたくな~い!と、絶対ぶーたれるくせに」と、珍しく反撃に出た。
当たっているだけに何も言えない
テオドシウスの城壁からのぞく 縮

城壁に登り見渡すと、壁の向こうには、現代的な住宅地が広がっていた。

テオドシウスの城壁 トプカプ門 2 縮
これはエディルネという街に続く門という意味で「エディルネ門」。
ビザンチン時代までは「カリシウス門」と呼ばれていたそうだ。
メフメト2世がコンスタンティノープルを陥落させ始まったオスマン支配から、「エディルネ門」と名前が変わったという。
重要有形文化財として価値が高いと思われる門に、お尻を突っ込む形で駐車させていたのには、びっくりだ。日本では考えられない。

イスタンブールでの苦い体験やオススメ情報はまだまだあるが、先ほど出た「エディルネ」という街に1泊で出かけた話を、次回は紹介しよう。


飛んでイスタンブール 9
大型台風が来る直前に、無事帰国しました。
トルコの旅ブログは、まだまだ続きます。
電車事件、ぼったくられ未遂事件、ヒルトン事件などご期待ください。


夫が撮影した地下宮殿。
地下宮殿 縮1

地下宮殿 縮2

柱の基礎に使われたメドゥーサの首。
地下宮殿 縮3

地下宮殿から出てきたところで出会ったトルコ人は、日本人女性と数年越しの恋をようやく実らせたのだとか。
なかなか義父の許可が下りなかったそうだ。
「トルコ人は、はげる人が多いが、僕の髪はふさふさ。なのに見てください。この数年でこんなに白髪が……」と。
正直なところ、とても40歳とは見えなかった。
流暢な日本語は、10年間トルコで勉強して身につけたそうだ。
結婚するまででこんなに白髪が増えたのに、日本で暮らし始めたら真っ白になってしまうと嘆いていた。

色々と愚痴も聞いたが、それより地下宮殿の話をここでは記しておこう。

地下宮殿を保存するために、路上一帯に重量のある車の通行規制が敷かれていたり、建物の建設が禁止されているそうだ。下記の黄色い、これもまた歴史を感じさせる建物だが、取り壊す予定だとか。今は警察署として利用されている。
地下宮殿 縮4ポリス

飛んでイスタンブール 8
結局、ホテルから数分にある、ブルーモスクとアヤソフィアは、カッパドキアやパムカッレなどを周り、イスタンブールへ戻ってからの2日間に分けて朝一番に行くことした。楽しみを最後に取っておこう!と前向きに切り換えて。

入れなかったアヤソフィアの代わりに、地下宮殿へ出かけた。
ここはミュージアムパスチケットに含まれていないが、オススメ。

宮殿とはいうけど、地下貯水池。3から4世紀から機能し、6世紀にユスアヌス帝が6000人の奴隷を使い作ったもの。占領した各地の宮殿の柱を運んで天井を支えているため、色々な彫刻や模様、素材のちがいがある。メドゥーサの価値を知らなかったのだろう、頭部が下だったり、横向きで柱の土台に使われている。高い柱が等間隔で立つ水中を魚が泳ぐ。むろん地下なので薄暗い神秘的巨大な空間が広がっている。

あの時代にこれほどの貯水池を造ったことに圧倒され、また独特の雰囲気に魅了され外に出てしばらく立ち止まっていると日本語で話しかけてきたトルコ人がいた。


これはガラタ塔。地下宮殿は私の技術では撮影不可。帰国したら夫の撮影した写真をupします。


飛んでイスタンブール 7
翌朝、ホテルを8:40頃に出て、歩いて10分もかからないアヤソフィアに向かった。

団体のバスが、数台停車しているのが目に入ると足早になる私たち。夫と従兄はのんびり朝の風景を撮りながら後から来る。観光の後で撮ればいいのにと思いつつ、人の流れを追うように小走りで進むうちに、昨日通った道が見えてきた。

団体客はトプカプ宮殿へ向かっているのだ。

では、目の前にあるアヤソフィアの入り口はどこなのか?
見渡すとどこにも観光客らしき人々はいない。

何故かって?
アヤソフィアは月曜休館だったからだ。

日本で計画を立てたときは、休館日も頭に入れていたのになぁ~!


飛んでイスタンブール 6
じっくり考えて計画したつもりだったが、やはり落ちはあるものだ。

イスタンブールの4泊を、旅の最初と最後に分けて設定したのが、失敗の一つ目だった。

チケットを買う為に並ぶ必要がなく、4箇所ほど入れば元がとれるミュージアムパスチケットは、連続する3日間か5日間しかない。2日ずつだと使い辛い。

失敗の二つ目は、前にも書いたが、犠牲祭に旅の日程をあててしまったことだ。アヤソフィアなど有名な観光地はどこも、混雑時のディズニーランド並み。

しかし、徒歩圏内に名所がある旧市街にホテルをとったことが幸いした。

1日で回る予定だった名所を三日間、つまり朝一番開館前に到着する計画に変更したのだ。

狙い通り、翌朝9時前に訪れたトプカプ宮殿のゲートを通過する私たちの前には誰も歩いていない。もちろん宮殿を出る頃には長蛇の列ができていた。

シメシメ、これはナイスアイディアと喜びあった。

が、落とし穴に気づかされたのは、その翌朝のことだった。



誰もいないトプカプ宮殿パレスの中
飛んでイスタンブール 5
イスタンブールカルトの話の続き ちょっと追加しました

空港からホテルのある旧市街へ行くには1度メトロからトラムに乗り換える必要がある。

日本のように出口でカードを機械にかざす必要はない。しかしトラムの駅の周りや線路?の周りにもフェンスがあるので、改札を通過しないと乗れない仕組みになっている。フェンスを乗り越える人もいたけどね。ヨーロッパやオーストラリアでは駅舎らしいものはない。むろんフェンスも。

メトロからの乗換口の階段を降りると、すぐトラムの改札があった。

駅員がいる改札ゲートで、イスタンブールカルトをかざし、1枚で2人分をお願いね!と伝えた。当然、ブザーがなり、駅員がNOと言う。そうだった!カードの残金が足りないから、空港のメトロ駅で1人分のチケットを買ったのに、もう忘れている。

以下は言い訳になるが……。
現地時間はまだ7時、でも日本時間だと真夜中の2時頃。飛行機内で眠ったといっても疲れはピーク。頭が回っていないはずだ。

慌てて、向こうに見える販売機を指差し、
「そこで買って来るから」
と身振り手振りで伝えた。

すると、駅員がウインクし改札のバーを上げ通してくれるではないか。

寛容で人懐っこく親切なトルコ人に、この後何人も何人も出会っている。


レストランの店によって異なるパン
飛んでイスタンブール 4
イスタンブール.カルト


関東のスイカ、関西で言うイコカのような交通カードがあるという。トラムもメトロもバスも船まで使える。しかもこのカードを使えば、2時間以内なら乗換の度に料金が少しずつ安くなる便利なカード。

どこで買えるのか、「地球の歩き方」サイトで質問すると、
出発階の中央にあるphoto shop でと教えてくれた人がいた。
そこで到着ならわかるが、出発というのは?と思いつつ探すがない。
インフォメーションで聞くと、メトロの改札で買えるという。

ところが6時を過ぎていたからか、窓口は閉まっている。販売機は1台しかなく、1枚買ったところでクローズに。駅員に問うと、今係りを電話で呼んでいるから待てという。そこへ韓国人の女学生風の子が1人やって来て、駅員にイスタンブールカルトの残金を返却してくれといっている。これ幸いとその子に交渉し買い取ることにした。残金は3リラらしい。

足りない2人分をチケットで買い、改札を無事通過。ここまでは、まぁちょっと時間がかかったが、正当に私たちは動いた。
飛んでイスタンブール 3
ラマダンを終えて1ヶ月後?に、犠牲祭があることを、こちらに来て知った。

昔は羊を神に捧げる祭りだったそうだが、今は連休で、日本のように実家へ戻る人や旅行に出かける人が多いらしい。金曜から火曜までのロング休暇休み。だからイスタンブールには人が溢れかえっている。

旧市街にホテルを取ったので、行きたい名所には徒歩圏内。が、アヤソフィアに出かけてみてビックリ。数百人は並んでいる。ダフ屋もいて、50リラで簡単に入れてあげるよと声をかけてくることしきり。

そう空港上での待機も、入国審査の長蛇の列も、この犠牲祭が原因だったのだ。

むろん策を練り直すことにした。


アイスクリーム屋さんのパホーマンス
飛んでイスタンブール✈️
出発前々日、煎餅をかじったら奥歯が欠けた。何の予兆?とちょっと不安。

すると、空港のカウンターで、

チケットを買う際、名前と性が逆でしたので、今、逆でも本人に間違いないという証明書をお作りしますのでお待ちください。

と言われた。

チケットはいつも航空会社のサイトで予約してきた。ヨーロッパ旅行やオーストラリア旅行も取ったのになぁ?なんで今回逆だったのだろう?

まぁ入国の際に何か言われたら見せればいいや!


ザクロをその場で絞りジュースに!
5リラを3リラに。150円くらい。甘酸っぱくて美味しい。

カウンターで客の混み具合を聞くと、空いているという。そこで席をAとCで取った。Bに入る人がいなければ、窓際の3列を2人で独占できる。

狙いはバッチリ。さらにガラガラなので隣の3席で一人横になり熟睡。ビジネス席よりフラットで眠れた。

朝11:55発が15分早い出発になったという。遅れることは多いが、早まるのは滅多にない。おかげでほとんど待つことなく搭乗、離陸。

飛行機はクリミア上空を飛ぶ方向から、例の墜落させられた場所を迂回しイスタンブールへ向かう。ホッ!
飛んでイスタンブール 2
トルコの英雄アタチュルクの名を持つ国際空港に現地時間18時頃到着予定だった。

ところがあと7分で到着 、というところまで近付いたのに、何分経っても縮まらない。空路を示す地図上では飛行機がアタチュルク空港を通り過ぎギリシア方面へ向かっている。到着までの時間は10分、12分と増えていく。

まさか乗っ取り?と心配すること約10分。Uタウンし高度を下げ始めた。

あれは何だったのだろうか?

入国審査場へ行くと長蛇の列。
滑走路が混んでいたのに違いない。

その理由を後ほど知ることになる。


猫小屋