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花ある日々

Author:花ある日々
ブログへようこそ!

「楽しく、肩の力を抜いて気らくに、子育ても旅も人生も!」をコンセプトに綴っています。片言英語での個人旅行です。出会い、失敗は旅や人生の醍醐味!

2019年2月 中国桂林へ従兄夫婦と4人旅。
2018年秋 世界ゴールド・ノゾエ氏演出『病は気から』さいたま芸術劇場に出演
2018年6月 アメリカ西海岸をレンタカーでまわる。
2018年2月 ノゾエ氏演出ワークショップ『病は気から』(モリエール)芝居に出演。
2017年11月 息子夫婦とクロアチア・モンテネグロ・ハンガリーへ
2016年12月 故蜷川幸雄企画「1万人のゴールド・シアター2016」に出演。
2016年9月 夫婦でニューヨークへ。
2016年2月 従兄弟夫婦と4人で台湾地方旅。
2016年1月 夫、息子と私の3人でコペンハーゲン、スウェーデン、アイスランドへ。
2015年9月 夫と車で北海道ユースホステル利用の安旅。
2015年8月 友達と韓国ソウル、安東、水原へ
2015年5月 従兄弟夫婦と4人でベトナムへ。
2014年11月 女友達4人でメルボルンへ。
2014年10月 従兄夫婦と4人でトルコへ。
2014年2月 韓国南部の田舎街へ夫と2人旅。
2013年10月 1か月ヨーロッパを夫との2人旅。
2013年1月~2月オーストラリア・ニュージーランドを35日間の旅。自炊中心の安旅行。
2012年4月〜5月 韓国・上海。

夫:慎重派、倹約家、現実的、カメラ好き 走ることや木工細工が趣味。

私:好奇心旺盛、向こう見ず、楽天家、おっちょこちょい、食べること大好き!

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第二、第三の人生 ハンガリー 4
ハンガリーならではの食を求めて、評判の店へ。
前夜、予約でいっぱいだといわれ、その場で翌日のランチの予約をした店だ。
ブダペストのレストラン

明るい店内は、どの席も予約済みの札が。

ブダペスト レストランで1
前菜? 
ブダペスト レストランで2
アヒルだったような? 下に敷いてあるのは紫のキャベツ

さすが予約で埋まるはず。どれも実に美味しい。
ブタペストスープレシピ
ブダペストの郷土料理レシピ冊子はお土産に。
最後に、とても強いお酒がぐい飲みサイズで出た。

ディジェスティフ(仏: digestif)というそうだ。食前酒は知っていたが、食後酒?
食後の胃酸分泌を促すとか。
酒に強い息子も、その一口で真っ赤に。
この後、イタリアへ向けて息子達は出発する予定だったが、酔い覚ましのため、市場へ出かけることにした。
そこで、まさかのイベントが!

今年も残すところあと2時間弱。
拙いブログの訪問をありがとうございました。
来年もよろしくお願い致します。
世界中に平和が訪れますように。

この旅の記事、もう少し続きます。
出会いやハプニングをお楽しみに。
では良い年をお迎えください。


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第二、第三の人生 ハンガリー 3
温泉に入ってきた。
以前、トルコのパムッカレで温泉に入り損なったので、今回は絶対に入ろうと決意していた。
(あのときは、夫が値段を見て渋った。「俺は見ているだけでいいよ」の一言に負けてしまったのだ)

外観は、療養所のよう。
ブダペスト温泉外観
中に入ると、想像以上に広い。
リゾートホテルのプールみたいに、デッキが置いてある。
しかし気温が低いので、屋外温泉?露天風呂?は寒い。
ハンガリー 温泉2

ハンガリー温泉1

屋内にも湯船がいくつかあり、コーチがリハビリの指導をしている屋内温泉プール?もあった。

また写真は撮れなかったが、遺跡のような雰囲気の狭い湯船がいくつかあり、そこにはぎっしり客が浸かっていた。
男女混浴。むろん水着着用で。温質は、透明だがイオウの匂いがし軟らかい。飲んでみると少し甘みを感じた。

さすがに夜、日本人が来ることは滅多にないのか、注目を浴びた。視線が痛い。何せ、狭い場所で浸かるしかないから皆暇なのだ。
第二、第三の人生 ハンガリー 2
「ドナウの真珠」
その言葉の背景には、歴史がある。
ブダ
川の左側が「ブダ」
ペスト
川の右側は「ペスト」

15世紀後半からオスマン帝国とオーストリアのハプスブルク家により分割支配されてきたハンガリー。1683年オスマン帝国の後退によりハプスブルク家の配下に置かれるが、独立を望む民衆の熱い思いを、オーストリア王に橋渡しをしたのが、王妃エリザベートだったという。シシィの愛称で親しまれたオーストリアの皇后エリザベート(ハンガリー王妃兼任)。16歳で嫁いだものの、枠にはまらない自由奔放な性格のシシィは、ウィーン宮殿での伝統という型にはめられた重苦しい生活から抜け出すように、何度もハンガリーを訪れ、自治権を獲得に尽力した。

数年前に、ウィーンを訪れたとき、ホーフブルク王宮でシシィの人生に触れ、強く心に残っていた。そのシシィの足跡に、ハンガリーで出会えるとは! 
第二、第三の人生 ハンガリー 1
恥ずかしい話、ハンガリー舞曲くらいしか頭になかった。
そこから想像したのは、凍てつく大地で着膨れた男女が寒さに抗うように激しく舞う姿。何故かロシアのコサックダンスのイメージとも重なっている。穀物を収穫した後の黄土色の平野に、フランスやオーストリアにある優雅さを捉えることができなかったからだ。

ところが、まさしく「ドナウの真珠」と呼ばれるだけあって、歴史ある文化と伝統が、重厚で気品溢れる街を造り上げていた。
ブダベスト 国会議事堂 
国会議事堂(今も使われている)

ブダペスト 国会議事堂 夜
国会議事堂の夜景



第二、第三の人生 スロベニア 3 
Maribor(マリボル)は、ソロベニア第二の都市のはず。
ところが繁華街と思われる場所まで出かけたが、夜8時にもなると、どこも店じまい。
ようやく「もう閉めるんだけど……」というちょっと迷惑そうな顔で、何とか受け入れてくれたレストランへ。
スロベニア モルベル レストラン

スロベニアのスープやメインディッシュの肉料理をオーダー。
スープは、丼より大きなスープカップにたっぷりと注がれ登場した。
見たときは感動した。
白い湯気が、テーブルの蝋燭の灯りをぼやけさせる。
心も身体も温まりそうだ。

ところが口にした途端、
『うっ、どうすりゃいいの? この量!』
と。
塩辛かった。
塩梅を間違えたのか?それともスープ鍋で煮詰まったのか?
アイスランドで、塩漬け肉に苦難したことを思い出した。
写真を撮る気さえ失せてしまった。

翌日、訪れたハンガリーは、錦秋に染まっていた。
錦秋のハンガリー



第二、第三の人生 スロベニア 2
スロベニア 橋
三本橋 

スロベニア 水面
川面に揺れるレストランの灯り

コーヒーやココアで温まったあと、街を散策し、今日のホテルがあるMaribor(マリボル)の街へ移動。
スロベニアで一番大きい街は、首都のリュブリャナで、第二の都市がマリボルという。

到着したのが、夜8時前。むろん皆帰宅し辺りは真っ暗。
住所の場所にホテルらしきものは見あたらない。
線路、集合住宅、壁面に落書きされたジャンクな建物ばかり。

しかし息子は、この辺りで間違いないという。
ぐるぐるその辺りを周り、やはり落書きされているその建物だろうということに。
入り口からは、薄暗い中にエレベーターと階段しか見えない。人影もない。
灯りもついてない。

嫁は「恐い!怖い!」を連発。
私も言葉には出さなかったけれど不安。

車を停め、歩いて入り口に近づくと、灯りが点った。
自動認識し点灯したのだ。

前夜、皆が寝静まったあと、酒に酔った息子がここのホテルを探し予約をいれたという。
誰も胸中で
『ここ、泊まれるの? ホテル?』
と思ったはず。

と、そのとき、壁にユースホステルのマークを見つけた。
なんだぁ、ユースホステルかぁ!
一瞬で全ての疑念や不安が解消された。
私たち夫婦は、何度も海外のユースホステルに泊まった経験がある。
「ユースなら大丈夫よ。きれいだし、安心だし、問題は無いよ」と、声をかける。

なんと、家族用の、2ベッドルームにプライベートシャワルームやミニキッチンがついた部屋を用意してくれた。
荷物を置き、安心したところで夕食を摂りに街へ繰り出した。
さぁこの国も名物料理を食べよう!と。
ところが……

スロベニア 落書き
猫の落書きは可愛いけれど。

第二、第三の人生 スロベニア 1
飛ばしてきたのに、悲しいことに間に合わず、ポストイナ鍾乳洞入り口でまさに門前払い。
そこでスロベニアの首都リュブリアナへ寄ることに。
スロベニア 首都1
スロベニアの国土は、日本の四国と同じくらいだと聞く。

川沿いに街が開けている。
スロベニア 首都2
旧ユーゴスラビアのせいか、建物の色使いや形状がクロアチアとは違い、欧州、それも北欧、ロシアに近い気がする。
暮れゆく街、川を遡る船を眺めながらの珈琲タイム。
夫と二人旅なら、ホテルに直行、間違いなし。なんと豊かな時間。

この夜の宿泊は、スロベニアのマルボルという街で。
さてこの夜は、どんなホテル?
優雅な気持ちは、この時までとは、まさか思わなかった……。



第二、第三の人生 クロアチア 15
公園を出発し、スロベニアのポストイナ鍾乳洞へ向かう。

スロベニア最長24キロもあるヨーロッパ最大規模の鍾乳洞。
その行程のほとんどをトロッコに乗ってまわるのだとか。

そのせいなのか、なんと3時までに着かないと、中に入れてくれないそうだ。
時間は1時をまわっていた。
予想では2時間はかかると息子はいう。
ギリギリ間に合うかどうか……。

イタリアへ帰る青年も6時までにスーパーに到着するため焦っている。
クロアチアのザグレブまで同じ道を行くというので、彼の車の後に付いていくことに。

狭い山道を走り抜け、峠を越えること2度。
山道も高速道路も飛ばしに、飛ばした。

それでも到着したのは、3時10分。
ゲートで、守衛に「NO!」と拒否られてしまった。

イタリアの彼は?
写真をメールで送ると、返信が来た。
イタリアは大雨だったが、ギリギリ閉店時間までに滑り込めたそうだ。
プリトヴィツェ8





第二、第三の人生 クロアチア 14
青年が「そろそろ帰らないと。スーパーが開いている6時までに戻らなきゃ」と言った。

スーパーへ……というところに、彼の「生活」「現実」が滲み出た。そのスーパーはイタリアのミラノに近い小さな街にあり、クロアチアのこの公園から車で5時間以上かかる。時計はすでに12時半をまわっていた。
歩き出してから4時間が経過していたのだ。あんなにウキウキと軽々としていた心は、引きずる足の重みのように沈み、肩は落ち、疲れはピークに達し、ちょっとした石に蹴躓きそうになる。よりによって最後は登りばかり。

息子が、「この先からバスが出ているよ、頑張って」と声をかける。バスに乗り損なったら待たなきゃならない。バスの出発時間が分からないので、とりあえず急ぐしかないと思うが、足が前に出ない。

「私を置いて先に行って!」と叫びつつも、こんな山奥に置いてけぼりにされたら大変!と焦る。
焦るが足が上がらない。上がるのは顎ばかり。

トロリーバスで出口まで行くのかと思ったら、手前で降ろされる。そこから最後の景観を楽しむルートがあるのだ。
プリトヴィツェ11
歩いた木道などを見下ろす眺望。この公園を紹介する際には必ず使われる1ショット。日の光を受けエメラルドグリーンの湖、人で埋まっていない木道。息を呑む程の美しさのはずなのに、人間、へとへとになると、どんなに美しい景観も心に沁みてこないのだと実感! 
第二、第三の人生 クロアチア 13
ちょうど半分くらいまわったところから船に乗って対岸へ渡った。
プリトヴィツェ4

そこから丘を登り降りること数分後、また小さな舟に乗った。

山陰には初冬の気配が、太陽の陽射しを受ける山の木々は、錦に色付いている。湖底へ叩き付けるダイナミック滝や断崖からしみ出す細い白糸の滝など飽きることがない。
プリトヴィツェ 7

プリトヴィツェ 10
青年の、イタリアへ来る前には上海にいたという話やイタリア事情などを、景観を愛でながら聞いていると、時間はあっという間に過ぎていった。

プリトヴィツェ6
観光シーズン中は数珠つなぎになるだろう木道で、撮影が……。

いくつか分かれ道があった、そういくつか。
どこで間違えたのだろう。出口が見えない。
2時間半なんて、とっくに過ぎている。

第二、第三の人生 クロアチア 12
プリトヴィツェ国立公園駐車場で、隣の車から降りてきた青年が日本人だった。何という偶然。ツアー客で日本人を見かけることはあったが、個人旅行同士で、しかも広い敷地の中で隣合って車を停めるとは。

彼は、クロアチアを訪れ、国立公園があると聞きフラッと来てみたのだという。イタリアの小さな街に仕事のため住んでいるため、日本人と会ってしゃべることはほとんどないというので、ならば一緒にまわりましょう!と、5人で散策することに。

開園一番乗りだったせいか、私たちの前には誰もいない。どこまでも続く木道。16の湖と大小92の滝、湖群公園というだけあり、視野の中に必ず水が入る。湖底まで透む水に魚たちが群れいる。エメラルドグリーンの湖に太陽の光が射し、紅葉の木々とともにその景観は見る者の心に染み入ってくる。
プリトヴィツェ 1

プリトヴィツェ 5

プリトヴィツェ3

プリトヴィツェ 2

山肌を縫うようにたぎる水が白い絵を描き、空には真っ青な空が広がる。どちらにシャッターを向けても絵はがきのような画面を切り出せる。

第二、第三の人生 クロアチア 11
道々、行き交う車に会うこともなかったし、ようやく着いたホテルの建物も夜陰に包まれひっそりとしていた。シーズオフだから観光客は少ないはず。こんな田舎のホテルで、しかもコテージ。(コテージと聞くと、閑散とした木々の間にポツンポツンと建つ寂しいイメージしかない)さらにレストランがあるかどうか危ぶまれたこともあり、頭の中はそんなマイナスの先入観で充ち満ちていた。

だから、レストランのドアを開けて驚いた。客の笑い声や食器のかち合う音が広い店内を埋め、エネルギーがほとばしっていたからだ。一体いつの間に、どこからこれだけの人々が集まってきたのだろうと、狐にでもつままれたような気分になったのだ。

翌朝、知ったのだが、泊まったのは4ッ星ホテルのアネックスだった。それに考えてみれば、プリトヴィツェ国立公園は世界遺産なので、それこそ遠く日本から訪れる我らのように、オフシーズといえども各国から集ってもおかしくない。
プリトヴィツェ ホテル部屋

IMG_5164.jpg

プリトヴィツェ国立公園に8時半に着くようホテルを出発。風もなく絶好のピクニック日和。

294.82k㎡もあるこの公園には、散策コースがいくつかあるが、息子たちの計画では、2時間半ほどで周り、そのあとスロベニアのポストイナ鍾乳洞へ向かうのだという。5時間コースもあると聞き、『2時間半かぁ、普段歩かない私には丁度良いコース!』と、元気よく繰り出した。ところが……

第二、第三の人生 クロアチア 10
見つけたスーパーに飛び込み、チーズやハム、果物、飲み物などを籠に入れる。

まだこれから百キロほど走るのだという。ホテル到着は7時を過ぎそうだ。コテージなら夕食を作るキッチンもあるに違いない。肉やジャガイモなどを買うべきでは?夕食を食べ損なったら悲しいもの! 

ところが息子は、
「大丈夫だよ。レストランがきっとあるよ」というが、半信半疑の私。だって原野や穀物畑が広がることは予想がつくが、街やレストランがあるかどうかはさっぱり分からない。何せ、昨日も書いたが、地図がないのだから、皆目見当も付かないのだ。Wifiが飛んでいれば検索ができるが、荒野や山の中ではどうしようもない。

ここはハンドルを握る息子の言うままに任すしかない。開いているレストランが見つかることを、そして無事ホテルに到着できることを祈りつつ。

いつしか陽は沈み、街灯もない道をひた走ること約1時間。

プリトピツェ国立公園を通り過ぎ、数分、ようやくホテルに着いた。
息子の言う通り、部屋にキッチンはなかった。

何とホテル経営のレストランがあり、ほぼ満席の賑わい。
piza

良かったぁ!あのとき、じゃがいもや生肉を買わなくて



第二、第三の人生 クロアチア 9
手元に紙媒体の地図もなく、GPSに頼るだけの運転。山の中を走ることになってもGPSは作動するのか?

案の定、時々GPSは動かなくなる。道はどんどん人里離れ、狭い山道へと続く。街らしきものは全く見かけない。トイレに行きたくなったらどうすればいいのだろう? そんなことを考え出すとトイレに行きたくなる。不安は排尿願望と結びつく! 心理状況は身体に現れることを悟った……。

しばらく走ると、突然パスポートチェックのゲートがあった。地形上、一度クロアチアからボスニアフェルツェゴビナへ入り、すぐにまたクロアチアへ戻るらしい。その時、モンテネグロのイミグレにもトイレがあったことを思い出した。私たちは車に乗ったまま、パスポートを窓越しに手渡し、チェックを受けるのだが、トイレはどこか聞いてみた。すると、道の先を指さす。出国ではなく、入国チェック場所にあるようだ。

2分も走らず、入国チェック。再度トイレを尋ねると、建物を指さす。入ってみると、キオスクのような飲み屋のような……3人の男性がお酒を飲んでいた。カウンターには、駄菓子やビールが申し訳程度に置いてあるだけだ。タダでトイレだけ借りるのも悪く(そう思うのは日本人的なのかもしれないが)ジュースを買うことにした。ところがまるで英語が通じず、四苦八苦。お酒を飲んでいた客も一緒になって考えてくれ、ようやく2本のジュース瓶をGET。
ドブロブニク 鳥


第二、第三の人生 クロアチア 8
翌日、プリトピツェ国立公園へアサイチで入るため、公園に近いコテージを息子たちが予約してくれた。朝食が付いてないので、スーパーへ寄り、パンなどを買い込み向かうことに……。

途中、高速道路に入り、サービスエリアで高速料金シールを買う。あちこちのセンサーでこれを読み取り、支払いが済んでいるかどうかを確認するそうだ。
高速道路のシール


息子は、携帯電話を車のフロントガラスに貼りつけ、そのGPSを使い、位置や地図を確認しながら走っている。車にはナビがついてない。しかもマニュアル車。

思えば40年近く昔、ほとんどはマニュアルだった。勿論私もマニュアルで免許を取った。しかし私も夫も、今回国際免許を取ってこなかったので、息子の運転に任すしかない。それでも坂道発進時は、自分がエンストしたときの焦りを思い出しドキドキする。

高速を下り、下道を走るが、途中にある集落は数軒だけで、レストランやスーパーらしきものはほとんどない。朝食どころか、夕食にもありつけるのか?

第二、第三の人生 クロアチア 7
スプリット1
スプリット「ディオクレティアヌス宮殿」
スプリット3


スプリットを出発し、プリトピツェへ向かう途中で見た島。まるでフランスのモンサンミッシェルのよう。
モンサンミッシェルみたい

もう10年ほど前になるが、モンサンミッシェルへ出かけたことがある。どこにホテルをとるべきか? 時間の流れとともに変わりゆく島の全貌を眺めるには島の外、はたまた島の中で? 散々迷った末、後者を選んだ。ホテルの数が少ない島の中で過ごす方が希有な経験と思ったからだ。

実際、狭い路地にひしめき合っていた観光客がひけ、ひっそりと静まりかえった島は、ようやく本来の息づきを取り戻したように見えた。その「静」と反して、夕刻から潮が満ち始め、本土と島を結ぶ道を海水が覆い、あれよあれよという間に島を孤絶させていく「激動」。潮の流れは予想以上に速く、島の肌に荒々しく波を叩き付け、先ほどまでバス待ちの客がいた場所も、海底と化していった。

まさにこれこそが希有な経験。
ただ潮の満ち引きがあるかどうかは、事前に調べていくことをオススメする。

第二、第三の人生 クロアチア 6
スルジ山から旧市街の全景を見た後、スプリットへ車を走らせる。

ここも海に近いので、ランチは海鮮料理の店へ。入り口は狭かったが、店の中はお客さんでいっぱい。何を食べようかと悩んでいたら、隣のご婦人のところへ、ボーイさんが色々な魚を並べた大きなトレイを運んできた。
レストランでお魚

しばらく眺めたのち、ご婦人は、「それ」と指さした。これ一尾丸ごとお一人で召し上がるのかな? 注文の仕方も国が変われば違うのだなぁ。あっ、ならば日本の生け簀料理店はどうだろう。外国人には衝撃的かも!

客の数で料理の味は分かる。美味しかったぁ。ご婦人に運ばれてきたのは、単なる塩焼き? 香草焼き?

私が食べたのはこれ! 魚介スパゲティ。
美味しいスプリットの魚介スパゲッティ

スプリット店
オススメのレストラン



第二、第三の人生 クロアチア 5
5つ星ホテル。今回の旅で一番奮発した「ホテル グランド アルゼンティノ」。といっても、シーズンオフなので、約半額。一人あたり換算すると朝食付きで1万円くらい。その5つ星ホテルの部屋に持参したロープを張り、3日分の下着や靴下を干し夕食へ繰り出した。

ところが戻ってみてビックリ! ベッドの上に、チョコレートが置いてあるではないか。おそらくベッドメイクの際に、ウェルカムのチョコレートを置き忘れたのだろう。夫が昼寝をしたベッドまできれいにメイクし直してある。

スタッフも唖然としただろうなぁ~。部屋を開けると、安アパートのような洗濯物の暖簾。5つ星ホテルでこんな光景見たことあるだろうか?

しかしチェックインした後に、勝手に部屋に入るかな? いやいや、日本では食事している間に布団を敷くものネ! 「有り」なんだ。

翌朝は、昨日の曇天や雨が嘘のように晴れ上がった。
ドブロブニクホテルから

存分に、テラスからの景色を堪能しながら優雅な朝食をゆったりと時間をかけて摂り、いざ出発。

普通はロープウェイで上がるスルジ山へレンタカーで登る。狭い道なので、対向車が来たらドキドキ。上からの景色は絶景。
ドブロブニク 翌朝 ケーブルカー乗り場から1


第二、第三の人生 クロアチア 4
ネットで検索した評判のレストランへ行ってみると、真っ暗。
初めて、シーズンオフの現実と向き合うことに……。
シーズン中にしっかり稼げる店は、オフになれば早々と店をたたみ、彼ら自身の人生を楽しむ?!

日本で季節限定オープンというと、海の家や山小屋のイメージ。海水浴や登山シーズンが去れば、客足も途絶える。しかしここクロアチアの冬は、氷や雪に覆われるほどじゃない。実際に年がら年中クロアチア旅行の案内は新聞に掲載されている。なのに、閉店とは……。
ドブロブニク 城壁から3

以前、フランスのパリへ息子と行ったとき、こんなことがあった。まだ学生だった息子が、評判のビストロへ案内してくれるというので、ワクワクとついて歩いた。

「ちょっと歩くよ、15分くらい」と言った。
15分歩けばお腹もすき、もっと美味しさもまさるはず。パリの裏通りを夜に歩くなんて、こんなことがなければ、味わえまいと喜びつつ足を運んだ。

ところが探しながらようやくたどり着いた店の入り口には、
「バカンス休暇のため、休店します!」と冷たい張り紙が。

評判の美味い店を探し求めること3軒。どこも同じ張り紙。さすがに「もうどこでもいいから、この胃袋満たし、足を休ませてくれ!」と声をあげてしまった。

むろんパリで働くどの業界の人々にも、バカンスを楽しむ権利は等しくある。世界中から観光客が来ようが関係ない。よく考えてみれば当たり前だ。しかし日本じゃ考えにくい。店を閉めてバカンスを楽しむ、それも2~3週間も。繰り返すが、2泊3日とかじゃなく、数週間から1ヶ月も店を閉めるなんて!

これが文化、風習の違い。

ドゥブロブニクに話を戻すと、やはり数軒閉ざされた扉を見たあと、『地球の歩き方』という本で「隠れ家的」と評された店へ。

小さな入り江に面した店に灯りを見たときは、ほっとした。パリでの悪夢が蘇りつつあっただけに……。
『地球の歩き方』に紹介されているだけあって、日本語が書かれたメニューがあった。評判通り、前菜からとても美味で大満足!
ドブロブニク 夕食
お洒落で美味だった前菜。

お腹がすきすぎて、メインは写真を撮る前にパクつき記録せず!

第二、第三の人生 クロアチア 3
ドゥブロヴニクの旧市街観光の目玉は、旧市街を取り囲む城壁の上の散策。城壁は狭いので、わんさか団体バスが乗り付ける観光シーズンだと、数珠つなぎ状態になりそうだ。

ドブロブニク 城壁から1


曇り空だったが、城壁を歩くにはベスト気温。
オレンジ瓦で統一された中世の建物たち。現代は、観光地スポットだが、当時はまさにここが生活の場。狭い路地や海に面した裏通りに、今もここで生きる人々の「日常」が垣間見える。

ドブロブニク 城壁から2

レンタカーは便利だ。一度ホテルに戻り、夫は休憩タイム。その間に、洗濯物をもってコインランドリーへ行くことにした。世界中から観光客が集まる街。必ずどこかにコインランドリーがあるのでは?と探すこと数分。街の外れに小さなコインランドリーの看板を見つけた。
ところが……うっかり乾燥機と洗濯機を間違えてしまったようだ。すでに洗濯物、洗剤、お金も入れ、スイッチオンしてからの気づき。

『あれ? 洗剤入れが無い機械なのかなぁ?水温設定は?』と疑問に思った時点で、立ち止まれば良かったのに~。鈍い頭の動きと裏腹に、すばやくスイッチを押した手がうらめしい。おっちょこちょい炸裂だ。

雨がぱらつき始めた。散策中でなくて良かったねぇと言いながら、洗濯物を部屋に干し、再度旧市街へ夕食のために出た。あれ?雨がやんでいる。

雨に濡れ、夜陰に包まれた旧市街が魅力的! 
ドブロブニク 夜の旧市街2

ドブロブニク 旧市街夜1