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花ある日々

Author:花ある日々
ブログへようこそ!

「楽しく、肩の力を抜いて気らくに、子育ても旅も人生も!」をコンセプトに綴っています。片言英語での個人旅行です。出会い、失敗は旅や人生の醍醐味!
2019年10月から27日間 ネパールへ友達夫婦との4人旅
2019年9月 女友達と3人でソウルへ
2019年2月 中国桂林へ従兄夫婦と4人旅。
2018年秋 世界ゴールド・ノゾエ氏演出『病は気から』さいたま芸術劇場に出演
2018年6月 アメリカ西海岸をレンタカーでまわる。
2018年2月 ノゾエ氏演出ワークショップ『病は気から』(モリエール)芝居に出演。
2017年11月 息子夫婦とクロアチア・モンテネグロ・ハンガリーへ
2016年12月 故蜷川幸雄企画「1万人のゴールド・シアター2016」に出演。
2016年9月 夫婦でニューヨークへ。
2016年2月 従兄弟夫婦と4人で台湾地方旅。
2016年1月 夫、息子と私の3人でコペンハーゲン、スウェーデン、アイスランドへ。
2015年9月 夫と車で北海道ユースホステル利用の安旅。
2015年8月 友達と韓国ソウル、安東、水原へ
2015年5月 従兄弟夫婦と4人でベトナムへ。
2014年11月 女友達4人でメルボルンへ。
2014年10月 従兄夫婦と4人でトルコへ。
2014年2月 韓国南部の田舎街へ夫と2人旅。
2013年10月 1か月ヨーロッパを夫との2人旅。
2013年1月~2月オーストラリア・ニュージーランドを35日間の旅。自炊中心の安旅行。
2012年4月〜5月 韓国・上海。

夫:慎重派、倹約家、現実的、カメラ好き 走ることや木工細工が趣味。

私:好奇心旺盛、向こう見ず、楽天家、おっちょこちょい、食べること大好き!

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脊柱管狭窄症 9 手術の決め手は
多くの人が助言してくれた。
「腰の手術は、怖いよ。大丈夫? もう少し様子をみたら?」
「2度手術したが、痛みは消えなかったそうよ」
「腰だけは手術しない方がいいと聞くよ」

もし、手術中神経を損傷し歩けなくなったらどうする?
下半身麻痺もあり得るかもしれない。
車いす生活になる? 

もちろん悩んだ。


でも痛みは容赦なく強くなり、パソコンの前に2時間続けて座っていられなくなった。
ソファーなどゆったりくつろげる椅子だと、すぐに腰が痛くなる。

午前中しか動けなくなり、昼食や夕食を作るのが苦痛だった。
手術の数か月前ころは、座って野菜を刻んだり、流しや壁に身体をもたせかけて料理をするものの、時間をかけない簡単なものしか作る気が起きなくなっていた。

一日の大半をゴロゴロと横になって過ごすしかない毎日。

それ以上に深刻だったのが、排泄障害だった。
小尿にしろ便にしろ、排泄時にお尻の皮が引きちぎれるような痛みが走る。
トイレへ行くのが怖くなった。

これが手術の決め手になった。

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脊柱管狭窄症 8 若かったときの話
約40数年も昔の話になる。

10代の終わりころのこと、整形外科の医師に、
「段々と痛みが強まり歩けなくなるよ。10年はもつと思うが、できるだけ重いものを持たず、階段や運動も控えて、トイレも和式なら洋式に変えたほうがいいよ。」
と宣告された。

泣きながら呆然と暗闇の街をさまよい、どこをどう歩いて家へたどり着いたか覚えていない。

当時セカンドオピニオンという言葉はなかったが、治療法を求めて別の整形外科クリニックはもちろんのこと、整骨院、接骨院など、ともかく良いという評判を聞きつけたらどこへでも足を運んだ。当時としてはかなり高額な診察料(1回1万円)の怪しげなところへも行った。藁をもつかむ思いだった。

しかし返ってきたのはどこでも同じセリフ。
「まだ歩けるじゃないですか。歩けなくなったら手術を。」

あのときの病名は「変形性股関節症」だった。

キラキラと輝いていたはずの私の未来は、痛む股関節とどう付き合い生きていくかという現実の前に砕け散った。年々痛みが強まり、医師の言葉を実感する日々が続くようになった。


ところが神は私を見放さなかった。
なんとその数年後に人工股関節ではなく、自分の骨を使っての手術方法を横浜昭和大学付属病院の黒木教授が開発した。日本中から患者が集まり、レントゲン機械が壊れたと聞いた。
10年と期限を切られ絶望の壁にぶち当たったが、24歳の時その手術を受け、自分の足で歩き走ることができている。

あの時の経験が、私の背中を押した。
そして今回も、手術を選ぶしかない理由があった。

脊柱管狭窄症 7 診断結果
数ケ月間体操をあれこれやってみたが、前かがみも背中を反らす体操も、どちらが痛み軽減につながっているのか皆目わからなかった。
友だちが心配して、
「〇〇の接骨院や△△の整骨院が良いらしいよ」
「〇〇先生の針治療が効くよ」
など色々と情報を寄せてくれた。

しかし針を打つにも、どの部分にどんな異常があるのか、ヘルニア?すべり症?それとも?病名はいったい何なのか、先ずは現状を見極めるべきと思い、MRI設備がある整形外科での受診を決めた。

脊柱管狭窄症と診断されたのは、2018年11月27日。
そこで判明したのが、第四と第五脊柱の間で骨が滑って神経を圧迫しているということと、骨密度がかなり低いということだった。
医師はこう言った。
「脊柱管狭窄症より問題なのは、骨密度の低さですよ。腰の方は、歩けないほど痛むようになったら、手術も視野に入れたほうがいいですね。でも今はまだ歩けているからねぇ。まずは薬で骨密度をあげましょう。」

くびれたところが問題箇所!

「まだ歩けますね、歩けなくなったら・・・」
このセリフ、40数年前にも聞いたなぁと思いながら家路へ向かった

脊柱管狭窄症 6 体操
新聞の新刊紹介に「脊柱管狭窄症」という広告を見かける。
わが身に降りかかるまでは気づきもしなかったが、月に何度もその病名を冠した雑誌などが色々な出版社から紹介されている。患者の数は推して知るべし。

もちろんあれこれ図書館で読んだり、買い求め書かれてある腹筋背筋を鍛える体操を試したりした。
これらの本は、活字サイズが実に大き<読みやすい。
患者の年齢層も推して知るべし。

「脊柱管狭窄症」といっても、人により症状が違うようで、前かがみ体操を良しとする説や背中を反らすのが良いという説もある。どちらも試して痛みが軽減する方を続けるようにと書いている。

そこで反らす体操を朝昼夕と毎日一生懸命試しながら、
『まてよ、もし逆だったら、もっと悪化することになるのでは? 反らすのはやめて前かがみに早く切り替えた方がいいのではないか?』
そう考え始めると、体操していても気が気ではない。
痛みが軽減したかどうかは、数日では分からないだろうに、疑心暗鬼は体操をすればするほどふくらんでいく。

まさに「病は気から」だ。
サマースノー 


脊柱管狭窄症 5 お酒
体重が増えた話を前回書いた。
食べるものはほとんど変化ないのに、と。
いやいや正直に書くと、手術後2ヵ月ほどしてから夕食前にビールを小コップで1杯ほど飲み始めた。
100㎖くらい。
その分、ご飯量を減らしている。

手術前後の変化は、飲酒にも出ていたのだ。
元々、お酒はたしなむ程度しか飲まない。
いや飲めない。
すぐ顔がほてり、酔ってしまう。
でも時間をかけゆっくり少しずつなら、ワインも日本酒も美味しく楽しめた。

それが、手術1年ほど前から、飲むと腰から足にかけて痛みが出た。
最後の数か月は、美味しいとも思わないし、口にするのも嫌になっていた。

今、小コップ一杯のビールが美味しくあっという間に飲みつくす。
100㎖なので、グイっと飲めば終わり。
当たり前と言われれば、その通りだが。
痛みも出ない。
幸せなことだ!

不思議なのは、数年前まで今と同じ程度、いやそれ以上にお酒を飲んでも体重はキープできていた。
ところが今、術前のジーンズがはけない。
なぜ? 謎だ。
SIMG_0433.jpg
手術を決めた身体の変調については・・・次回に。